34.山狼の襲撃




姿の見えなくなった三人が扉を閉める音が、やけに大きく響いて聞こえた。
本当にこれで良かったんだろうか?
リーマスは複雑な気持ちで扉を見つめ続けていた。
リリーが心配なのはわかる。それは自分も同じだ。でも正直に言えば、ジェームズとシリウスの考えには反対だった。自分たちだけでリリーの安全を確認しに行こうだなんて・・何かあったら、確実にただでは済まないだろう。でもそうとわかっていながら、三人を止めることができなかった。そんな自分が馬鹿みたいに思える。もっとしっかり引き止めていれば、こんな思いをしなくて済んだのかもしれない。
リーマスは自分の後ろ向きな考えに頭を振り、ベッドに座るピーターを見た。ピーターは黙ったままリーマスと同じように扉を見つめていた。きっとみんなが心配なのだろう。その顔色は決して良くはなく、青ざめているようにも見えた。

「・・ジェームズたち、大丈夫だよね?」
「たぶんね・・・でも先生や監督生に見つかったら、絶対ただじゃ済まないよ」

そう、それは先生や監督生に見つかった場合のことだ。
そんなことになったら、今度こそグリフィンドールに寮点はなくなる。
だが、もし本当に狼が城内に侵入していたら?・・・そうなれば、寮点がなくなるよりもっと悪いことが起きるだろう。
リーマスはふと窓へと視線をやり、夜空を眺めた。先ほどは出ていなかった月が、雲の切れ間から顔を覗かせている。今なら森の様子が窺えるかもしれない。リーマスは腰を上げた。
相変わらず部屋の床は足の踏み場が見当たらないので、ベッドの上を足場に、窓辺まで近づく。今も狼の遠吠えは聞こえている。だがこの塔の窓から見下ろす限りでは、森にその姿は確認できないようだ。
視認を諦め、リーマスは視線を部屋に戻した。

「・・・・あれ?」

戻しかけた視線の端に映った、見知った人物の姿。その姿をもう一度見るため、リーマスは窓に顔を貼り付けるようにして地上を見下ろした。禁断の森近くの茂みに佇むその姿に、リーマスは疑問符を浮かべた。
どうしてあの人があんな所に?
妙な胸騒ぎが心を過ぎるとともに、その原因は形を露にしたのであった。




外の空気が妙だ。リリーはベッドから身を起こし、セーターを羽織った。しきりに聞こえる狼の吠える声に、何やら不吉なものを感じる。
もしかしたら、何か悪いことが起きているのかもしれない。
しかし今は夜中だ。落ち着かないからといってここを出てもいいということにはならない。それでなくとも今はグリフィンドールの寮点が少ない。夜中に出歩いて減点でもされたら、リリーは一生自分を恨み続けることになるだろう。
窓辺に視線をやれば、夜空には月が見えず、雲が覆い隠してしまっていた。蝋燭の灯りしか光のないこの部屋に一人きり、というのはなんだか心細い。
せめて誰か一緒にいてくれたら良かったのに。
今夜に限ってマダム・ポンフリーがいてくれなかったことに、リリーは酷く落胆した。そして、ふと廊下から聞こえてきた複数の足音に身を強張らせた。足音は医務室の扉付近でやみ、ほんの数秒の静寂が訪れる。
リリーは固唾を呑んで杖に手を伸ばし、教科書に載っていた呪文をいくつも頭の中で繰り返した。だがリリーが杖をかまえる前に、扉は小さく開かれる。

「リリーっ」

突如そこに現れたのは、ここにいるはずのないだった。リリーが驚いて目を見開くと、次にはジェームズ、シリウスも姿を現した。何もなかった場所からふっと現れた三人を指差し、リリーは「あなたたち、どうやってっ?」と呟く。

「透明マントだよ。知らない?」
「そんな話は後だろ。早くここを出ようぜ」
「ここを出るって、どういうことなの?」
「リリー、ここに一人でいるのは危険なの!」

は簡単に今ホグワーツに山狼が侵入していることを告げ、早くここを出るようリリーを促した。話を聞いたリリーは少しだけ複雑そうな面持ちをしていた。三人だけで寮を抜け出してきたことを怒るか否か迷っているのかもしれない。しかし自分を助けに来てくれた人たちを無碍にはできないと判断したのか、リリーは青ざめた顔で頷き、の肩に掴まってベッドを下りた。

「とにかく寮に戻ろう。ここにいるよりは絶対安全だ」
「そうだね。リリー、一人で歩けるかい?良かったら肩を貸そうか?」
「結構よ、ポッター。にお願いするわ」

ジェームズの申し出をつんとした態度で突っぱね、リリーはの肩に掴まって一歩を踏み出した。その手がほんのりと熱いことに気がついたは、リリーの熱は下がっていないのだということを悟らされた。
せっかく治ってきたのに、ぶり返しちゃったらどうしよう。
動くのも辛そうなリリーを見て、がジェームズかシリウスに負ぶってもらえないだろうかと考えついた瞬間だった。


扉の向こう、さっき自分たちが通ってきた廊下から物音がした。しかもそれは、大きな何かが走ってこちらに向かっているような足音と、その体が風を切る音だった。
・・・何か、来る。

ジェームズとシリウスが杖をかまえたのと同時に、両開きの扉が勢いよく開かれる。扉を破ったような音が、部屋中に響いた。
扉を半壊させて医務室に侵入したものは、黒く大きな獣だった。毛むくじゃらの体に四足の長い足。四人を見据える眼は飢えたように血走っており、大きな口からは白くて太い牙と赤く長い舌が見え隠れしていた。
初めて見た。これが山狼なのだろう。その姿を見た途端、はリリーと重なって息を呑んだ。

「下がれ!」

シリウスはそう言って、とリリーを後ろ背に庇った。それと同時にジェームズが狼へと一歩を踏み出す。

「ペトリフィカス・トタルス!」

全身金縛りの呪文だ。青い閃光が山狼目がけて飛んでいく。しかし山狼は素早い動きで後方へ退き、その攻撃を避けた。その動きの速さに、四人は目を瞠った。呪文をかわされたジェームズは短く舌打ちをすると、すぐに次の呪文を唱える。今度はシリウスも呪いを飛ばし、二人がかりの攻撃となった。

「ペトリフィカス・トタルス!」
「インペディメンタ!」

二つの閃光が奔る中、山狼の動きは変わらず鋭敏なものだった。備え付けのベッドのいくつかを踏み台に、的確に二つの呪文を潜り抜けた。

「クソ!」
「もっと下がるんだ!」

何度も呪文を飛ばしながら、ジェームズとシリウスはとリリーを庇い続ける。攻撃は当たらなくとも、せめてこちらに近づかせないようにしているのか、ひっきりなしに呪文を唱えていた。
このままではいけない・・・なんとかしなくては。そう思ったは、リリーを支えながらなんとかポケットをまさぐるが、いざ杖を握っても何も呪文が思い浮かばなかった。自分が成功させられる呪文は少ない。しかもこの状況で必要なのは、山狼を押さえ込む呪文だ。残念なことに、はそんな高度な技術を持ち合わせていなかった。

「・・・どうしよう、どうしよう・・・・・・!」
・・・・・・」

杖を握り締め、は狼狽した。何もできない自分を歯痒く思っているのか、リリーもそんなを苦しげな表情で見つめている。
黒く大きな山狼は、確実に四人へと接近しているのだ。ここにいる全員が「なんとかしなくては」と思っている。しかし、ジェームズもシリウスも、未だ山狼に一つも呪文を命中させておらず、どんどん壁際へと追いつめられていく。攻撃のつもりの呪文は牽制にしかならず、しかもその牽制でさえ無意味なものとなり始めている。焦るのも無理はない。
これ以上どうすることもできないのか。
荒い息を吐きながらじりじりとこちらを窺う狼を見据え、ジェームズとシリウスが唇を噛み締めた。
だけど、どうにかしなきゃ駄目なんだ!
二人は杖をかまえ、再び呪文を飛ばそうと口を開いた。



「ステューピファイ!」

流麗に紡がれた呪文は赤い閃光となり、見事山狼の体に命中する。呻き声を上げて山狼が倒れ込むのを、誰もが緊張した面持ちで見守った。だが突如耳に入ったその声の持ち主は、ジェームズでもシリウスでもない。
は信じられない心持ちで壊された正面の扉を見やった。今や山狼は完全に失神し、医務室の床に横たわっている。そのため、扉の向こうに立つ彼の影にすぐ気がつくことができた。そこに佇むプラチナブロンドの長髪の青年の姿を認め、体中を強張らせていた力が、ふっと消え去っていく。

「マルフォイさん・・・・っ?」

の声音に応えるように、ルシウスは杖を下ろし、その灰色の瞳を細めた。




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2010/03/22