35.山狼討伐戦




「さて・・・まずは何と声をかけるべきかな?」

医務室の惨状を見渡し、ルシウスが嘆きや呆れを含んだ言葉を投げかける。視線は倒れた山狼から無惨な姿のベッドへ、ベッドから注意深く近くを見回し、最後には呆然と立ち尽くす四人へと向けられた。非難めいていると言っても過言ではない目に、はびくりと畏縮する。だが、その視線に挑むように前へ歩み出たのはシリウスだ。

「・・お前こそ、何でこんな所にいるんだよ」
「罪悪感の欠片もないのか、ブラック。少しは自分の非を恥じたまえ」

シリウスの問いをてんで無視し、厳しい言葉を放ったルシウスだが、その表情はどこか硬い。杖をしまうこともなく、警戒を露にしている。

「何故僕がここにいるのか。その疑問に答えるならばこうだろう。僕は監督生で、そして先生直々に医務室にいる生徒を保護するよう言いつかったからだ。それに比べ、ブラック。君とそのお友達は違うだろう?何故こんな夜中、こんな非常時に、君たちはここにいるんだ?」

夜中校内を歩き回り、医務室に来ることのできる正当な理由を淡々と述べられ、さすがのシリウスも反論ができない。
彼の言うとおり、自分たちはここに来ることを許される立場ではない。むしろおとなしく寮にいるべき人間であり、今こうしてルシウスに冷え冷えとした視線を浴びせられるのも、しかたのないことだった。
ルシウスは嘆息するとやがてに目を向け、溜息とともに柳眉を顰めた。

「それに、何故君までこんな所に・・・・僕は君がこんな不注意を犯す子だとは思っていなかった」
「ご、ごめんなさい・・・っ!」

酷く落胆したようなルシウスの顔を見たら、ふいに罪悪感が思い出された。
そう、自分たちは学校の規則を破っているのだ。いけないとわかっていて、こんな真似をしでかした。しかし、今ようやくそれを反省したところで、時はすでに遅い。
はルシウスの顔を見ていられず、青紫色の瞳をさ迷わせた。口を開き、なんとか言いわけを探す。

「リリーが、一人だと思って・・・寮を出ちゃ、駄目だってことは、わかってたんです。でも、どうしても心配で、」
「・・・、君が心の優しい女の子だということは重々承知しているよ。だがそれは、夜中校内をうろついてもかまわないという理由にはならない」
「・・・はい」

彼にこんなにも厳しく接されたのは初めてだ。はまるで大人に叱られた幼子のように身を縮ませ、返事をするのにも必死だった。
扉の木片を踏み、ルシウスがへと近づく。ジェームズとシリウスが立ちはだかっているのにも関わらず、ルシウスはそれを意に介さない様子でだけを見下ろしていた。顔を上げられないには、それは知る由もないことだが。

「けれど、無事で良かった。・・・怪我はないね?」
「っ、はい」

ふいに優しい声音が降ってきて、は少しだけ目線を上げた。するとルシウスと目が合って、彼の浮かべた表情に数度瞬きをさせられる。
ルシウスはどこか安堵したような、しかし困ったような、複雑な表情でを見つめていたのだ。
そんなに自分のことを心配してくれたのだろうか。は心配されて嬉しいような、心配させてしまって申しわけないような、矛盾した気持ちになった。

「あ、・・・あの・・・本当に、ごめんなさい・・」
「・・・・・わかればいいんだ」

そう言って、ルシウスはの頭を撫でようと手を伸ばした・・・が、シリウスがその間に割って入り、ぎっとルシウスを睨みつける。隣にいるジェームズも同様で、を庇うようにその前に立ちはだかった。
その背後ではリリーが呆れたように溜息を吐いており、睨まれているルシウスもやれやれといったふうに首を振った。

「・・・まぁいいだろう。まだ君たちには言い足りないことがあるが、それは僕が言うべきことじゃない。しかるべき処分は、先生方に下されるべきだ」
「だから何だってんだよ」
「言いたいことがあるなら、遠回しに言わないでもらいたいんですけどねー」

あくまで挑戦的な態度は崩さない二人に、思わずもリリーもどきりとさせられた。
今はどう考えてもルシウスに素直になっておくべきところではないのだろうか。というか、彼らには自分たちが悪いことをしているという自覚が足りていないのかもしれない。リリーは頭を抱えたくなる衝動に駆られた。

「わかった、では率直に言おう。見てのとおり、今ホグワーツ城内には山狼が侵入してきている。これがどれだけ危険な状況か、わかっているね?」
「そりゃあ、まぁ・・・」
「つまり、いつまでもここにいるのは危険だということだ。僕たち人間の臭いだけでなく、この狼の臭いをかぎつけて他の狼がやってくる可能性がある」

仲間の臭いと人間の臭いを辿って、いつここに他の山狼が来るかもわからない。
ルシウスは真剣な表情のまま四人を見据え、耳を澄ませるように手を顔の横に翳す。それに倣ってか、四人はただ静かに耳に入る音へと注意を向けた。

「・・・・なんか、外が騒がしいような・・」
「つか狼の吠える声が近いような・・」
「・・・・・まさか」
「そのまさかだ」
「え・・?え?」

よく状況を理解できていないは疑問符を浮かべ、依然として杖をかまえたままのルシウスを見つめる。彼は言葉を選ぶように口を開いてから一度閉じ、また口を開いた。

「城内では、既に狼の討伐が始まっているんだ」




は足早に廊下を渡り歩き、周囲に細心の注意を払っていた。隣ではシリウスが気遣うように背中に手を添えてくれており、目の前にはリリーを背負ったジェームズ、そして辺りを警戒するルシウスがいる。
あの後無事に医務室を出たはいいが、リリーは発熱しており、自ら移動できる状態ではなかった。そのため、が肩を貸すだけでは移動速度に支障が出るという判断で、ジェームズが彼女を負ぶったのだ。初めは拒絶しかけたものの、今は我儘を言っている場合ではないと思い直したのか、リリーは案外おとなしく従っていた。
本来ならば年長者であるルシウスがリリーを運ぶべきかと思うが、現在の状況ではそうは言っていられない。万が一山狼に出くわしたとき、ルシウスが魔法を使えないとあっては困るからだ。
しかしいくら男の子といえど、あまり身長の変わらないリリーを負ぶっていてはジェームズも上手くは走れない。そこで一同は走ることをとうに諦め、なんとか慎重に大広間を目指しているというわけだ。
ルシウスの話によると、山狼は森から庭や広場にかけて出現したらしく、玄関ホールのほうが安全なのだそうだ。大広間には先生方や他の監督生が集まっているし、寮に戻るよりは移動も早く済む。そのため、たちはルシウスに促されるまま慎重に、かつ素早く移動をしている。

「こっちの廊下は駄目だ。他の道から大広間を目指そう」

ルシウスの言っていたとおり、先生方や監督生たちが狼の討伐にあたっているのだろう。耳を澄ますまでもなく、城内にはいくつかの騒音、爆音、悲鳴などが響いている。何度かルシウスは道を選び直し、自分たちを危険から回避させようとしてくれていたが、そのたびにルシウスの背中の向こうで、誰かが山狼と激しい戦闘を繰り広げている姿が目に映る。
近くに聞こえてくる狼の吠える声に、は思わず震え上がった。隣でシリウスが支えていてくれなければ、まともに動けなかったかもしれない。
今回もこの先で誰かが山狼と対峙していたらしく、ルシウスがたちをここから遠ざけようと静かに声をかけたときだった。はっとしたように前方を見やったジェームズが、焦ったように口を開く。

「・・・ちょっと待って!あれはシルフたちだ!助けなきゃ!!」

指差された方向へと目を向ければ、そこではまさにシルフとローレライが三頭の山狼と対峙しており、攻防戦を繰り広げていた。周りに他の人たちの姿はない。どうやら二人だけのようだ。

「いや、駄目だ。今は君たちを安全な所まで連れていくのが最優先だ」
「でもっ!」

いくらシルフが優秀な生徒だからといって、三頭の山狼が相手では不利すぎる。今の状況を見れば、それは一目瞭然のことで、二人は呪文をいくつも飛ばしているものの、なかなか攻撃をあてることのできない防戦一方の様子だった。医務室でのジェームズとシリウス同様、素早い動きを見せる山狼に呪文が追いついていないのだ。
ルシウスの制止に食い下がろうとするジェームズだったが、如何せん彼はリリーを抱えている。大きくは抵抗もできず、悔しげに唇を噛み締めていた。


「シルフたち、大丈夫っかな・・・っ」
「ああ・・・あのままだと危険すぎる」

懸念するシリウスの呟きは、この直後真実となる。
山狼たちに気取られる前にこの場を離れようとした一同の背後に、黒い影が襲いかかったのだ。

「・・・・っ危ない!!」
「うわっ!」

先に警告の言葉を発したのは、シルフだったと思う。突然の気配に驚愕したたちは、背後に迫った黒い影を後ろに、ちりぢりになってその難を逃れた。

「くそっ、そっちに行くな!」

いつの間にここまで来てくれていたのか。シルフはシリウスとの前に立ちはだかり、山狼へと赤い閃光を飛ばす。廊下の反対側では、ルシウスがローレライとともにジェームズとリリーを逃がしているのが見えた。
間近の恐怖には完全に畏縮し、足をがたがたと震わせる。シルフは腕から血を流していたのだ。

「シリウス、何してるんだ!早くを連れて逃げろ!」
「っわかった!」

シルフの腕の裂傷に呆然としていたシリウスは、はっとしたようにの手を握り、廊下を駆け出した。それと同時に、の視界の端で誰かが山狼に飛びかかられた。

「きゃあぁぁぁ!!」

それは、今まさに呪文を紡いでいたローレライだった。彼女は山狼にのしかかられ、大きく床へと倒れ込む。そのとき手にしていた杖は必然的にその切っ先を仰向け、口にしていた呪文はデタラメなものと化す。
ローレライの悲鳴とともに杖から噴射された赤い閃光が天井を打ち、辺りに爆音が響き渡った。ばらばらと頭上から落ちてくる大きな木片が、たちに降り注ぐ。
上階の床が、一気に崩れ落ちたのだ。

「止まるなっ走れ!」

思わず足の竦みかけたを叱咤し、シリウスは必死に彼女の腕を引っ張った。
はわけがわからなくなり、もつれる足をなんとか動かしてシリウスの後に続く。


その後は無我夢中で、怖くて後ろを振り返ることができなかった。
もし誰かが、迫り来る大きな山狼に襲われていたら。もし誰かが、天井から降り注ぐ木片の下敷きになっていたら。そう思うと、足が止まってしまいそうだったから。
今確かなものは、シリウスが自分の手を握り、ともに走ってくれているということだけ。
何があってもその手だけは放さぬように、は力の入らないてのひらに精一杯の力を込めた。




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2010/05/26