|
マリアの爪痕 30.白い道 どこまでも続くような白く柔らかい道に、の足が埋まった。ぼすぼすと雪を掻き分け、ハグリッドの小屋へと足を運ぶ。ローブの中には余分にセーターを、首元にはグリフィンドールの赤いマフラーを、そして手にはクリスマスプレゼントに義父から届いた白い手袋を。これがの考えうる一番の防寒対策だった。 しかし寒さを完全に遮断などできるはずもなく、かじかむ足先や指先に震えながらも城内をあとにした。やや前方ではスリザリンの緑色のマフラーをしたセブルスが歩いている。彼もと同様、この雪に足をとられ、歩くのにも苦戦しているようだった。だが文句も言わずに、きちんとの歩調に合わせながら歩いてくれる彼を、やはりは優しい人だと再認識した。 「おお、よう来てくれた!」 小屋の前で二人を待っていたハグリッドは、手に大きなシャベルを持って二人を出迎えた。もうこの辺りの雪掻きを済ませたのだろう。歩くのに不自由のない場所が、なんだかとても久しぶりな心地だ。もセブルスも、ここへ来るまでにすっかり両足を雪塗れにしていた。 「今日は雪掻きを済ませてぇ。お前さんたちは玄関ホールの前をやってくれ。俺は校門のほうまで行ってくる」 「わかった」 ハグリッドにシャベルを手渡された二人は、玄関ホール前の雪掻きを始めた。辺り一面、眩しいほどに雪景色だ。まだほとんど人が通っていない、真っ白で何もないその空間は幻想的な何かを思い起こさせる。 なんだか自分がこの空間に一番乗りになったような気持ちになり、は喜々として足跡を刻んだ。しばらく歩いて後ろを振り返ってみると、そこには自分の小さな足跡が連なって見える。まっさらな純白のキャンバスに、点々と穿たれたの足跡。それを辿りながら、セブルスは小さく溜息を吐いた。 「いつまでもそんなことをしていたら、日が暮れる」 「あ・・・っご、ごめんね!」 慌てて謝る彼女はシャベルを抱え、どこからやろうかと辺りを見回す。セブルスはそんな彼女の様子にもう一度溜息を吐き、シャベルを雪面に突き立てた。 「中央に立て。脇に雪を掻き出すんだ」 「うんっ」 素直に返事をしたは、言われたとおりに雪を掻き出す。このシャベルは子どもが持つには少し大きく、重いものだったが、二人は文句も弱音も吐くことなく、せっせと手を動かした。 ざくざくと雪を脇へと追いやり、少しずつ道が拓けていく。反対側ではセブルスも黙々と作業をしている。その額から汗が出ているのを見たは、運動をしたことで生まれた暑さを思い出し、流れ落ちる汗を拭った。 「セブルス、少し休憩しない?」 「・・・・そうだな」 シャベルを動かす動作をやめ、セブルスは手近なベンチの上の雪を払い落とし、そこに腰を下ろした。真っ白だったベンチの雪がすべて取り払われたその隣に、も座る。ふうと一息を吐いたの頬は赤く、セブルスの額には汗がびっしょりと浮かんでいた。 久しぶりの運動のせいか、なんだかとても暑い。 は首にぴったりと巻きつけていたマフラーを取り、ぱたぱたと首元を煽った。冬の空気が首筋にひんやりとした感覚を起こし、思わず身震いする。ふと脇道へと目が逸れたそのとき、は物影に潜んでいた何かを視認した。 それは小さくて柔らかそうで丸みがあってふわふわした、も実物は初めて見るものだった。 突然すくっと立ち上がるを怪訝に思い、セブルスは疑問符を浮かべる。しかし彼が何かと問いかける前に、はもう歩き出していた。彼女の向かう先を見やり、そこでようやく理解する。 「・・・・・・ウサギか」 一羽の野ウサギが、人道を避けるようにして雪の中に佇んでいる。それを見つけたはじりじりと野ウサギににじり寄り、どうにか触れたいと思っているらしい。茶色くて見るからにふわふわしたその姿は、たしかに可愛いという部類に定義されるのかもしれない。だが相手は野生の動物だ。いくらなんでも簡単に身を寄せてくるとは思えなかった。 ゆっくりゆっくり、野ウサギを怖がらせないよう歩くの後ろ姿を見ながら、セブルスはその考えを言うべきか否かで一瞬の逡巡を見せる。 しかし答えは否だった。好きにさせてやればいいだろう。何故ならもう、既に野ウサギは走り出していたからだ。 「あっ!」 「・・・残念だったな」 少しずつ近づいてきた人間に警戒し、野ウサギは一目散に禁断の森方面へと走り抜けていった。その姿を目で追い、は落ち込んだように項垂れていた。 「触りたかったな・・」 残念そうに呟きながら、ベンチへと引き返してくる彼女。その足元は雪を掻ったばかりで、滑りやすい氷面へと変化していた。足元など気にせず歩いていたせいだろう。はセブルスからよく見えるその位置で盛大に足を滑らせ、転んだ。 「きゃぁっ!」 短い悲鳴とともに、は尻餅をつく。 お尻が痛い。だがそれと同時に手も腰も足もとても冷たかった。派手に打ちつけたせいだろうか、お尻から腰にかけての辺りがじーんとした痛みに襲われる。 「何をしているんだ、お前は」 さすがに転ぶとまでは思っていなかったセブルスは早足でに駆け寄り、手を差し伸べる。手袋をつけていない、血色の悪い彼の手を見つめ、は眉根を下げた。 「ご、ごめんね・・・」 「もういいから、早く起き上がれ」 怒っているというよりは呆れているような顔のセブルスに、は気恥ずかしさを覚える。だがいつまでもこの状態ではいられない。 は控えめにセブルスの手を掴み、引っ張られるがままに置き上がる。腰を上げ、が両足をしっかりと踏み締めようとした直後、手袋越しにの手を握っていたセブルスの手が、のそれを滑り、前屈みだったはずの彼の上体が後方に傾く。 「・・・・っ!!」 「っわわ!」 急に手が離れ、もバランスを失いかけたものの、なんとかすんでのところで踏み止まる。セブルスの場合は、もう手遅れであったが。 彼は先ほどの同様、足を滑らせ、派手に尻餅をついていた。 冷たい地面に腰を下ろすセブルスを見下ろし、はおおいにうろたえた。 「ご、ごごごごめんなさい!!」 すぐさま謝ってきた彼女の声を真上に、セブルスは俯き、雪を睨んでいた。 まさか自分まで転ぶことになるとは思いもしなかった。 べつに腕力がなくて彼女を支えきれず転んだわけではない。ただ手袋に滑ったのだ。それ以外に理由などない。 「・・・・・・っ手袋に、滑っただけだ」 「でも、ごめんね!私が転んだから・・」 「もういい。それより、早く雪掻きを済ませるぞ」 流れる黒髪に表情を隠され、今セブルスがどんな顔をしているかがにはわからなかった。 自分でさっと立ち上がり、すたすたとシャベルを取りにベンチへ赴く彼の背を見ながら、は申しわけない気持ちでいっぱいになる。しかし彼がもういいと言った以上、再び謝ればもっと呆れられてしまうことを知っていた。だからはぶんぶんと首を振り、気持ちを切り替えることにした。 「せ、セブルスっ」 「何だ」 「雪掻きが終わったら、一緒に、夕食に行ってくれる・・っ?」 「・・・勝手にしろ」 「うんっ」 後ろ背に問いかけ、視線さえ寄越されずに返事をされる。それでもはセブルスが変わらず答えてくれたことにほっと胸を撫で下ろした。 まさかセブルスが、助け起こそうとしたのに逆に自分が転んでしまい、恥ずかしさと悔しさに頬を赤く染めているとは露知らず、はただ微笑んでいた。 互いに雪塗れになったその日の夜、二人は初めて隣に座り合って夕食を食べたのであった。 |