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マリアの爪痕 29.おかしな奴 一人で目覚める寮の部屋は寂しさを思い出させるものだったが、ベッドの足元に視線を移した途端、は一瞬でその寂しさを忘れ去った。 目に映った小さなプレゼントの山に、は目を丸くして驚いた。色とりどりのクリスマスプレゼントに見とれ、思わず時間を忘れかける。直後湧き上がるうきうきする気持ちを抑えながら、足元のプレゼントを踏まないよう注意しながら、は慎重に床に足を下ろした。 こんなにもたくさんのプレゼントを、今まで見たことがない。床に腰を下ろし、はどのプレゼントの包みを最初に開けようかと迷ってしまう。むしろ、包みを開けてしまうのがもったいないくらいだ。逸る気持ちに負け、はプレゼントの山のてっぺんに置かれた水色の箱に手を伸ばした。 「リーマスからだ・・っ」 添えられているクリスマスカードにリーマスの名前を見つけ、は呟いた。「メリークリスマス」と書かれたカードをベッドに置き、いそいそと箱のリボンを解く。 リーマスが贈ってくれたのは、真新しい羽根ペンとインクのセットだった。どうやら白鳥の左翼から取った羽根でできているようで、綺麗なつくりをしているだけでなく、とても握りやすい。 「・・・ありがとう」 羽根ペンを手に、は小さくお礼を言い、どんどん包みを開けていった。 マグルの世界の本、櫛やお菓子に手作りのマスコットまで。贈り主たちそれぞれの個性が溢れているプレゼントに、つい笑顔が綻ぶ。中でもびっくりしたのはジェームズとシリウスのプレゼントだ。 ジェームズの贈りものは一冊の本であり、何の変哲もないごく普通のものだと思っていた。だがひとたび本を開いてみれば、それは本に描かれている魔法動物たちのミニチュアが出てくるという図鑑だったのだ。ピクシー妖精や二フラーのページならいいものの、ドラゴンのページを捲ればすぐに小さな火の粉が目の前を舞った。 そして、シリウスが贈ってきたものは人魚の手鏡だった。湖の湖面のような鏡の中に顔を映すと、隅のほうで小さな人魚が顔を覗かせるという、とても素敵な手鏡だ。シリウスがこういったものを贈ってくる想像がつかず、なんだか意外に感じる。だが彼が自分のためにこれを選んで贈ってくれたんだと思うと嬉しくて、は幾度も顔を覗かせては鏡の中を泳ぐ人魚を見つめた。 ホグワーツで過ごすクリスマス休暇は、が思っていたよりもずっと充実したものになっていた。 食事は少人数でもしっかりみんなでとったし、少しだけ他の寮の上級生とも言葉を交わした。 セブルスは食事中も相変わらずの態度だったが、がおはようと言えば、返事を返してくれるようになった。図書館では隣に座ってレポートも仕上げている。もっとも、セブルスはすぐに終わらせてしまったようで、いつも本を読んでいたが。それでもは、一人ではないということが嬉しかった。 約束どおりみんなは手紙をくれたし、も返事を出した。リリーからの手紙にはマグル式の写真も同封されていて、家族みんなで映っている動かない写真が物珍しかった。何よりもリリーはを心配してくれているようで、「もうすぐ休暇が終わるから、すぐに会えるわ」と手紙に綴っていた。 もリリーにはすぐにでも会いたいと思ったが、今は家族との休暇を思いっきり楽しんでもらえればいい。他のみんなも休暇が終わった後のことばかりを手紙に書いていて、本当に自分を気遣ってくれているのがわかった。しかしせっかくの休暇だ。休暇中みんながどのように過ごしたかを聞きたい。そんなときに読んだのがリーマスの手紙だ。 僕もそうだけど、きっと他のみんなも君に会いたがっていると思う。クリスマスを一緒に過ごせなくて、本当に残念だった。けど、クリスマス休暇なんてあっという間さ。またすぐに会えるよ。 ・・・なんて言ったら、君は「気を遣わないで」って思うのかな?でも気を遣っているわけじゃないんだ。 早くホグワーツに戻って、またみんなで一緒に時間を過ごしたいんだ。心からね。君こそ僕らに気を遣わないで、何かあったらすぐに連絡するんだよ。 それから、僕がクリスマス休暇をどんなふうに過ごしているかは、ここには書かないことにする。休暇が終わってから、ゆっくり話すよ。それまで楽しみにしていてね。 では、残り少ないけれど・・・よい休暇を。 優しくて綺麗なリーマスの字を目で辿り、胸に宿ったあたたかな気持ちに破顔する。 自分のことをよく理解してくれているんだな、とか。早く会って話を聞きたい、とか。そんな気持ちになる。上手くは表現できないが、彼の包み込んでくれるようなこの優しさが心に沁みる。 リーマスにもらった羽根ペンでさっそく「楽しみにしているね」と返事を書き、はフクロウを飛ばした。 二人だけしかいないこの空間で、の羽根ペンを走らせる小さな音と、セブルスの本のページを捲る音はよく響いた。 休暇もあと数日。はこの闇の魔術に対する防衛術のレポートを完成させれば、すべての宿題を終えることになる。規定の羊皮紙の長さまであと少し。は資料に目を向けながら、集中してレポートに取り組んでいた。その様子を横目で見たセブルスが、こほんとわざとらしい咳払いをする。 「・・・・・・生まれたばかりのユニコーンの毛は金色だ。銀色じゃない」 「え?・・・あっ、そ、そっか!」 少し前に書いていた記述の間違いを指摘され、は大慌てでその部分を黒く塗り潰し、新しく「金色」と訂正した。自分の間違いには少し気恥ずかしさを覚えたが、セブルスが自分に話しかけてきてくれたことのほうが嬉しかった。上手くいけば、もう少し会話を続けられるかもしれない。 そう思ったは、ずっと本に目を落としたままのセブルスに話しかけた。 「・・・えっと、セブルスは普段、寮で何をして過ごしてるの?」 「スリザリンには今、僕しか生徒がいない。最近は本を読むか宿題をやるか・・・・そんなものだ」 「私と一緒だね。私も、グリフィンドールに一人きりなの。だから本ばっかり読んでるよ」 「そうか」 以前のようなきまずい空気は抜け、会話もぎこちなさが減った。そのことで笑顔を見せるのはだけだったが、おかげでセブルスの素っ気なさにも耐性がついた。 自分に対する彼の淡白な物言いは、決して嫌悪などから出るものではない。これが彼の素なのだ。互いに嫌い合っているジェームズやシリウスには見せない本当の彼は、実はずっと優しい。表情や行動にはなかなか表れないが、今のように話しかければきちんと耳を傾けてくれるし、間違いも教えてくれる。それがわかった今では、も安心して話しかけられている。 「あの、よかったらこの後・・・午後になんだけど、一緒にハグリッドのところに行かない?」 「・・何をしにいくんだ?」 「どうせ寮にいても暇だから、何か手伝おうと思うの」 「僕がわざわざそんな面倒に付き合うと思うか?」 「だ、駄目、かな?」 セブルスの言葉を聞き、つい弱気になってしまったは、上目がちに彼を見つめ、再度問いかける。 傍目から見ればまさに小動物。ヴァイオレット色の瞳におずおずと見つめられ、セブルスは嘆息混じりに返答を返す。 「・・・夕食までなら暇だ」 「本当っ?」 顔を上げてぱぁっと明るくなった表情を見せた彼女に、呆れたように頷いてやる。そんなおざなりな態度を見せても、彼女はそれが充分な了承だとばかりにふわりと微笑んだ。 セブルスは目を伏せ、机に置いたままの本に視線を戻す。 今までセブルスに対して、こんなふうに接してきた者は他にはいなかった。リリーと今のように親しくなれたのは、セブルスからリリーに積極的になったからだ。だがは違う。は酔狂なことに、彼女自身からセブルスの傍にやってきたのだ。 こいつはあの忌々しいポッターやブラックと親しい、グリフィンドールの生徒だというのに。何故そんな奴が、わざわざ友人の天敵である自分の隣でレポートなんてものを書いているのだろう。 それがセブルスにはまったくわからない疑問だった。わからない疑問には何度も悩まされたが、が隣にいることに不快感を覚えるわけでもない。だからセブルスは、黙って隣に座っている。 「・・・・・・・・・おかしな奴だ」 残り少ないレポートに没頭しているには、そんなセブルスの小さな呟きは聞こえなかった。 |