28.図書館で会いましょう




食事を終えると、お腹が膨れたことによりは大きな満足感を感じていた。ずっと塞ぎ込んで昼には食事もとらなかったのだ。その反動もあってか、とても満ち足りた気分である。
よし、と意気込んで、はセブルスの座る方向へと視線をやった。

「・・・あれ?」

気がつけば、テーブルの一番端に佇んでいたはずのセブルスの姿がない。ガタンと音を立てて席を立ったは、急ぎ足で大広間を出る。普段ならばマクゴナガルに小言を言われるような行為だったろうが、酒によって上機嫌の彼女にが咎められることはなかった。




しばらくは近辺の廊下を歩き続けた。雪が降っているせいか、廊下の寒さも増しているようだ。足先がかじかむようだった。
どこかでセブルスを見つけることができるかもしれない、そう期待しながらきょろきょろと辺りを見回したが、結局セブルスは見つからず、はがっかりした気持ちで溜息を吐いた。
知り合いと話せるせっかくの機会だったのに。
とぼとぼとグリフィンドール塔へ向かう中、図書館への入り口がの目に入る。
どうせ誰とも会えないんだし、休暇中は良い読書週間なのかもしれない。久しぶりにじっくりと本を読んで、沈んだ気持ちを浮き上がらせよう。
重かった足取りを少しだけ軽いものに変え、は図書館への入り口を潜った。


図書館特有の本の匂いに包まれながら、は首を傾げた。最近は物語をよく借りているのだが、就寝前に読むと続きが気になってなかなか眠れなくなってしまうのが難点だ。たまには図鑑や伝記などを読んで、少しでも知識を増やしたほうがいいのかもしれない。
図鑑が並べられている棚へ向かおうと思い至ったそのとき、隅の机に何冊かの本を積み、座っている黒髪の少年の後ろ姿を見つけた。はそれがセブルスだとわかり、思わぬ偶然に人知れず頬を緩ませる。
近づいて声をかけようか。そう思い一歩を踏み出したものの、よくよく見ると彼は真剣に読書に勤しんでいるようで、なんだか声をかけ辛い。一冊の本を読み耽っては手元の羊皮紙にしっかりと書き込んでいる。きっと宿題に出された薬草学のレポートに違いない。もちょうどそのレポートから手をつけようと思っていたところなのだ。
しかしセブルスがレポートを書いているとなると、やはり声はかけないほうがいいのかもしれない。どうしたものかと少し迷った末、はしかたがないと諦め、肩を落として再度図鑑の棚へ足を向けようとした。

「・・・・・・用があるなら言えばいいだろう」
「え・・・っ?」

しゅんと床を見つめていたに、素っ気ない声が投げかけられる。顔を上げて前方を見やれば、そこではセブルスが眉根を寄せながらこちらを見ていた。
目を瞬かせたは、初めセブルスの言っている意味が汲み取れず、数秒の間呆然と立ち尽くしてしまう。その様を見かねてか、セブルスは苦い溜息を吐き、呆れた様子で手に持った本に視線を戻してしまった。「何なんだまったく・・」という小さな呟きを聞き、ここでようやくは我に返る。
セブルスが私に話しかけてくれたんだ・・!
彼から自分に話しかけてくることなど、予想だにしていなかった展開だ。思わずぼーっとしてしまった自分を反省し、は今度こそセブルスに歩み寄った。隅のほうに位置するこの席の近辺からは、古い本と埃の匂いがしたが、はこの匂いが嫌いではなかった。
セブルスはの予想したとおり、薬草学の本を手に、宿題のレポートを作成している。神経質そうな細かい記述に目を向けたは、その精巧さに思わず感心した。とても細かいところまで丁寧に書き上げられているそのレポートは、もう羊皮紙のほとんどを埋め尽くしている。
休暇は始まったばかりなのに、もうこんなにできあがっているなんて。
素直にすごいな、と思っていた矢先。

「・・・用件は何なんだ」

じろりと黒い双眸に見据えられ、はついうろたえた。思えば自分はぶしつけに彼のレポートを見ていたのだ。彼にとっては失礼以外の何物でもなかったろう。
しどろもどろになりながらもは話し出し、セブルスはそれを聞いてくれた。

「あ、の、えと・・・レポート、すごいね」
「は?」
「だって、もうこんなに書けてる・・っ」
「・・・こんなの、べつに普通だ」
「あ、でも、私なんて、まだ全然書けてないよ」
「早く書けばいい」
「・・・・あ、うん・・」

かりかりとセブルスが羽根ペンを走らせ、どんどん羊皮紙が埋まっていく。しかし二人の間の会話はなかなか埋まらず、静かに沈黙が舞い下りる。何かを話そうとは思うのだが、何を話せばいいのか皆目見当もつかない。
ずっと背後に突っ立ったままのは、一人で嫌な汗を掻きながらこの苦しい空間に狼狽してばかりだ。それを何と思ったのか、セブルスは苦々しい表情を浮かべ、苛立ったように言い捨てた。

「いつまでも突っ立っていないで、そこに座ればいいだろう・・・っ」

マダム・ピンスの鋭い視線もあるため、セブルスは声を大きくはせず、ただ隣の席を指差してそう言った。その言葉におっかなびっくりしたは、セブルスと席とを交互に見やり、何度も首を縦に振って椅子に腰かけた。
まさかセブルスの隣に座る許しを、彼自身からもらえるとは思ってもみなかった。妙などきどきを覚えたは、よくよく考えてみると自分は本の一冊も持っていないことに気がつき、自分の愚かさに顔を赤くした。それに気づいてか否か、隣のセブルスはまた、呆れたような視線だけを寄越した。
またしばらくの沈黙が流れる。
気まずい。非常に気まずいのだが、にはどうすることもできない。途方に暮れかけたそのときだ。
ぼん、との目の前に、一冊の本が置かれた。それも酷く無造作に、素っ気なく。首を傾げて表紙を見れば、その本はディスト・著の遺跡探検記の一つだった。随分と昔のもので、なんだか古臭い。だがどことなく図書館とは違った臭いがした。これを放って寄越したセブルスを見つめ、は問いかけた。

「これ、セブルスの・・?」
「母親のものだ。それと勝手に名前で呼ぶな」
「あ、ご、ごめんね・・・っ!」

を見もせず答えたセブルスの返答に、は柳眉を下げて謝った。
リリーが彼のことを名前で呼ぶため、つい無意識のうちに名前で呼んでしまったのだ。彼に名前で呼ぶなと突っぱねられた悲しさと、馴れ馴れしくしてしまったのだろうかと思う不安にも似た恥ずかしさから、は顔が上げられなかった。膝の上で握り込んだ本の表紙で、恨めしくも若き日の義父が自分に笑いかけている。

「・・・・べつにいい」
「え?」
「・・・だから、これからならべつにいいと言っているんだ」
「・・・・名前のこと?」
「それ以外に何がある」
「もう呼んでもいいって、こと?」
「くどい」

ぽつぽつと紡がれる彼の言葉に問い重ねれば、彼の眉間に皺が寄っては増えていく。だがようやく彼の言わんとしていることを理解できたは、表情を明るくして頷いた。
彼がいいと言ってくれた。もう名前を呼んでもいいんだ。
なんだかそれが嬉しくて、はにこにこしながら本のページを捲った。
ジェームズやシリウスたちと知り合ったときは、こんなふうに了承するしないなどで話し合ったことはない。セブルスはこういうことを気にするのかと感慨深く思いながら、は本を読み耽った。




もう閉館時刻になろうかという頃だった。
がたんと椅子を引き、セブルスが寮への帰り支度をしていた。はあ、と思いながら本を閉じ、すぐさまセブルスに差し出そうと本を抱える。しかしセブルスはそれを手で制し、首を振った。

「まだ読み終わっていないなら、今度でいい」
「でも、」
「いいと言っている」
「・・・・えと、じゃあ明日の朝食のときに返すね!」

が言い終わらないうちに、セブルスは荷物をまとめて出入り口へと歩いていってしまった。だがは彼が自分の言葉をきちんと聞いてくれていると信じ、もう一度口を開いた。

「セブルスっ」
「・・・・・・何だ」
「あの、明日も・・・隣で本を読んでいい、かな・・?」

彼が明日も図書館に来る保証はない。だがはなんとなく、彼が明日もここでレポートを片付けているような気がしたのだ。だからどうせなら、寮で一人きりでレポートを書くよりも、セブルスの隣で同じようにレポートを書いていたいと思ったのだ。
セブルスは立ち止まった位置で少しだけを振り返り、答えをくれた。

「勝手にしろ」

そう言ってすぐローブを翻し、セブルスは図書館を去ってしまった。
だがは綻ぶような笑顔を浮かべ、それは嬉しそうに義父の書いた本を抱き締めたのであった。




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2009/12/19