|
マリアの爪痕 27.憂鬱な休暇 とうとうクリスマス休暇がやってきた。はみんなを見送るために汽車の停車場に来ていた。リリーは何度もの手を握り、「ごめんなさい」を繰り返す。を置き去りにして、自分だけ家でクリスマスを楽しむことに罪悪感が募っているのだろう。はそんなリリーを安心させるように微笑み、何度も「大丈夫だよ」と言ってきかせた。 そろそろ汽車が出る時間だ。停車場の時計を見ては胸が苦しくなるのを感じた。 各々のトランクを抱え、みんなが汽車に乗り込んでいく。すぐにリリーが車窓から顔を覗かせ、ジェームズやピーターがに手を振る。 「っ、必ず手紙を書くわ」 「僕からのプレゼント、期待しておいてよね!」 「休暇が終わったら、おいしいお菓子を持ってくるよ・・!」 「ありがとう」 三人の言葉に頷くものの、どんどん笑顔を見せるのが辛くなってくる。 なんだか・・・淋しい。 汽車が走り出す直前、入れ替わるようにしてシリウスとリーマスが顔を覗かせた。微笑む二人に、は精一杯微笑み返し、小さく手を振る。 「、よいクリスマスを」 「何かあったら、遠慮せずに手紙を出せよ?」 「・・・うん」 とうとう汽車が走り出し、ゆっくりゆっくりとみんなの姿が遠ざかる。自分は今、そんなに情けない顔をしているのだろうか。シリウスとリーマスは困ったような顔をしながら、窓から身を乗り出して手を振ってくれた。 「休暇なんかすぐに終わるからな!」 「またすぐ会おう!」 はぶんぶんと首を上下に振り、今度は大きく手を振り返す。真冬の寒さに指先が凍るような心地がしたが、気にはしていられなかった。 一人で停車場に立って、は赤い汽車が見えなくなるまで線路の先を見つめていた。 談話室へ戻ると、しんとした静寂だけがを出迎えた。どうやらグリフィンドール寮でホグワーツに残るのはだけらしい。 外から屋内に入った後特有の暑さを感じたは、上着を脱ぎ、指先を温めようと暖炉へ足を向ける。しかし心なしか両足が重く、暖炉の傍に行くのに長く時間がかかった。 どこを見たって誰もいないことは一目瞭然だというのに、はいつも座る暖炉近くのソファの一番端に座る。いつもはこの隣にリリーがいて、の手前右にはシリウスが、正面にはリーマスがいて、ジェームズ、ピーターといった順にここに腰かけるのだ。今は誰もいないけれど、いつもなら。 はぼすりと上体を傾け、ソファに寝そべった。他に人がいたら、絶対にこんなことはしないだろう。見上げた高く赤い天井をじっと見つめ、やがて溢れてきた涙を必死に堪えた。 私は大丈夫。 リリーに幾度も言ったその言葉を頭の中で反芻し、は目元を拭った。 上下の瞼が互いに貼りついているかのように、なかなか目が開かなかった。身体が重い。理由はわかっていた。今朝からずっとこのソファに寝そべり、時間を過ごしていたせいだ。そのうえいつの間にか寝ていたらしく、気づけばもう夕食の時間になっていた。 窓の外を見れば、真っ暗闇の中で白い粒が幾重も地上に降り注いでいる。 ・・雪だ。 いつから降り出したんだろう。それすらもわからなかった。 こんなふうに時間を無駄にするくらいなら、宿題を早く終わらせるほうがずっと良かったと思う。しかし今のの状態では、宿題なんてできるはずもなかった。本を読んだってそうだろう。どんなに面白い小説や図鑑でも、内容が頭に入ってくるとは思えない。今はただ、何もせずにじっとしていたかった。 今日から約一週間、はグリフィンドール寮でひとりきりでいなくてはいけないのだ。もちろん、広いホグワーツにたった独りきりというわけではないし、一人が怖いというわけでもない。ただ、せっかくのクリスマス・イヴやクリスマス当日を誰かと過ごすことができないし、休暇の間、友人たちと出かけることもできない。それがこのうえなく憂鬱だったのだ。 「・・・ホグズミード、行きたかったなぁ・・」 ぽつりとぼやいてみても、それはもう叶わない願いだった。 「メリー・クリスマス!お嬢さん」 大広間へと足を進めている途中で、たくさんの肖像画やゴーストたちが声をかけてくれた。みんな意気揚々と杯に酒を注ぎ、滑らかになった口でおしゃべりに花を咲かせている。クリスマスを楽しく過ごすことができて、それはもう幸せそうなのだ。 は控えめに言葉を交わしながら、そんな彼らを少しだけ羨ましく思った。 鈍い足取りでようやく大広間までやってくると、は目を丸くして驚いた。 クリスマスのために飾られた大きなツリー、多くの煌びやかな飾りつけなどは昨夜からの見慣れた光景だった。だが今が驚いたのは、いつもならば四つ並べられている各寮のテーブルが一つしかなかったことだ。テーブルには十数人分ほどの小皿が置かれ、席についているのは少人数の生徒と教員だけだった。ハッフルパフの男の子が二人と、レイブンクローの女の子が一人だ。はその三人すべてが上級生であることをすぐに悟り、不安になる気持ちを抑え切れなかった。知らない人たちと食卓を囲むのには、少し気が引けるからだ。 おずおずとしたふうに空いた席に足を向け、は心の中で大きく溜息を吐いた。が座ったのはグリフィンドールの寮監であるマクゴナガルの隣だった。彼女はが来たことを確認すると、少しだけ笑顔を見せてくれた。 「ミス・。昼食のときに姿が見えなかったので、心配していたんですよ」 「あ、すみません・・・少し寮で寝過ごしてしまって、行く機会を逃してしまったんです」 「ならば、さぞお腹が空いていることじゃろう。さあ、遠慮せずにたくさんお食べなさい」 話を聞いていたらしいダンブルドアはそう言い、にっこりとした笑顔を見せた。手が叩かれ、その音を合図にテーブルには色とりどりのご馳走が現れる。 クリスマスに相応しい大きな七面鳥のロースト、大皿に山のように盛られたポテトやソーセージ、ローストビーフにヨークシャープディングなど、濃厚な料理たちの匂いがに空腹を実感させた。 切り分けたチキンに歯を立てたとき、ふいにジェームズとシリウスの食事風景を思い出した。もしここに二人がいたならば、お腹いっぱいにこの料理を堪能することだろう。リーマスやリリーはデザートに破顔するだろうし、ピーターは必死になって自分の分の料理を守るに違いない。 は一人そんなことを考えながら、ハッフルパフの上級生たちが鳴らすクラッカーの飛沫を目で追った。 大広間に集まった一同は、少人数ながらも賑わいを見せ、食事を楽しんでいた。教員たちはおいしそうにワインやブランデーを空け、顔を真っ赤にさせているし、他の生徒たちも休暇中の過ごし方や趣味の話などで盛り上がっている。特に親しい人が周りにいないはといえば、おとなしくかぼちゃジュースを啜っていた。せっかくのおいしい料理を前にしても、思うのは大好きな友人たちのことばかりだったのだ。 この素敵なご馳走を、どうしてみんなと味わうことができなかったのだろう。昨夜シリウスが言ってくれたとき、遠慮せず一緒にホグワーツに残ってもらえば、こんな思いなどしなくて済んだのかもしれない。 本当は、みんなと一緒に過ごしたかったのに。 ふと、誕生日の日にジェームズに言われた言葉が蘇る。 「言いたいことは言ってくれればいいのさ!遠慮なんかしないでよ!」 そう。言えばよかったんだ・・・遠慮なんかしないで。 けれど、クリスマスを家族と過ごしてほしいというの願いは嘘ではなかった。だから自分の気持ちに素直になって、みんなを送り出したのだ。なんだか矛盾しているようにも思えるけれど。 啜っていたかぼちゃジュースはいつの間にかなくなり、は空のゴブレットを持ったまましばらくぼーっとしていた。すると、視界の端に見覚えのある顔があることに気がつき、あ、と目を瞬かせる。 重量のありそうな黒髪に、お世辞にも健康そうとは言えない土気色の肌、俯いてはいるものの、すぐにそれがセブルスだと気づいたは、知っている顔を見たことで無意識のうちにほっと胸を撫で下ろした。 先日のクリスマスパーティーのときに、少しではあったが彼とは交流がある。この休暇中にもっと打ち解けることができたら、どんなに素敵だろう。 空だったゴブレットに新たなかぼちゃジュースが注がれる中、はようやくこのクリスマス休暇に希望を見出した気がした。 |