26.ひとりぼっちの約束




ダンスが二曲目に入り、不満そうだったリリーの表情にも笑顔が咲き始めていた。明るく照らされたこの空間では、リリーの笑顔はとても眩しく見える。二人のステップは正式なものではなく、結構な荒削りだったが、ジェームズのリードがとても堂々としているため、とても様になって見えた。
はオレンジジュースを飲みながら、そんなジェームズとリリーのダンスに見とれていた。
私じゃとてもあんなふうには踊れない。
堂々としていてリードの上手いジェームズと、可憐な姿をしているうえ呑み込みの早いリリーだからこそ、人々が無意識に見惚れるほどのダンスを踊ることができるのだろう。

「・・・あのさ、
「何?」

一つの丸テーブルを挟んだ反対側で、シリウスは食事をする手を止めてに話しかけた。皿の端に揃えられたナイフとフォークをみたところ、もう食事をする気はないらしい。

「先に寮に戻らないか?」
「え?」
「見たとこ自慢話しかしないみたいだし、退屈だろ?」
「でもリリーがまだ戻ってないし・・」
「大丈夫だって。ジェームズが一緒だしさ」

最後にバタービールを飲み干し、シリウスは席を立った。まだどうしようかと思案するの目の前に手を差し出し、「早く来いよ」と笑う。
いつもと違った彼の服装のせいかもしれないが、そんな彼の行動になんだかドキドキとしてしまう。は申しわけない気持ちになりながらも、その手をとってパーティ会場をあとにした。




夜のホグワーツを出歩くのは初めてだ。消灯時間を過ぎると普段なら校内の出歩きを禁じられるが、今日はスラグホーンの開いたクリスマスパーティーに出席していたという正当な理由があるため、とシリウスは悠々と廊下を歩き、寮へと向かっていた。
真っ暗な廊下に灯りはほとんどなく、窓や吹き抜けから差し込む月明かりだけが二人を照らす。寮に近い階段辺りまで行けば蝋燭が点っているのだろうが、中庭に通じるこの廊下には灯りがなかった。
はシリウスと並んで歩き、ふとリリーのことを思い出していた。
何も言わずに出てきてしまったけれど、心配されないかな。それに、ジェームズと二人きりにしたことで、また不機嫌にならなければいいんだけど・・・。
考えるをよそに、硬い石の床に響く足音が一つ止んだ。怪訝に思った彼女が顔を上げると、いつの間にかシリウスはの前方で立ち止まり、が来るのを待っているようだった。自分が遅れていたことに気がつき、は速足でシリウスの許へと急いだ。

「ご、ごめんね」
「いや、いいよ。俺が歩くのが速すぎた」

シリウスはネクタイを解き、首もとを寛げながら優しくそう言った。元々きっちりと締められていたわけではないが、窮屈感から解放されたように息を吐いている。どうやら緩く着こなすほうが彼の性分に合っているらしい。

「やっぱこういうのは苦手だな。今回はジェームズについてきたけど、今度からは断るよ」
「そうだね・・私も、ちょっと疲れちゃった」

パーティーが楽しくなかったわけではない。おしゃれをすることができたし、料理も飾りつけも何もかもが素敵だった。ただ一つ言うなら、自分が行くには少し世界が違うように思ったのだ。自分は自信を持てるほどの何かを持っていない。スラグホーンに招待された生徒たちはみんな、優秀な成績や能力を持った者ばかりだ。きっと自分は小さな幸運に恵まれただけなのだろう。優秀な生徒たちの中に自分が含まれていただなんて、なんだか夢のようにも思える。
はふと夜空を見上げ、目についた月を見つめた。今夜は満月だ。

「なぁ、中庭に出ないか?」
「え?」
「ほら、満月が綺麗だろ。ちょっと眺めていこうぜ」

悪戯めいた笑みを向けたシリウスは、の手を取り、ともに中庭へと足を踏み入れた。
やはり十二月の気温は低い。は肌寒さを感じるものの、シリウスに握られている手だけはあたたかいと思った。ふとようやくそんな寒さに気づいたらしいシリウスは、はっとしたようにを気遣ってくれた。

「っあ、わりぃ!寒いよな、これ着てろよ」
「え、でもシリウスが寒くなっちゃうよっ?」
「いいって。俺は寒くないから」

シリウスはに有無を言わさず、その華奢な肩に自分の上着をかけた。

「あとさ・・・」
「?」
「その・・今日のその服、よく似合ってる」

無造作に頭を掻きながら、シリウスはようやく一番言いたかったその言葉を口にした。
シリウスがずっと着ていた上着のおかげか、それとも恥ずかしさからか。は寒さのことなど忘れるくらい心にあたたかさを感じた。




夜の中庭には当然人の気配などなく、聞こえるのは虫の音、見えるものは真っ黒な夜の帳に光り輝く星々だけだった。なかでも今宵の月は満月であり、その儚げな美しさが夜空に更なる彩りを加えている。
は促されるまま、木陰のベンチにシリウスと並んで腰かけた。

「ホグワーツって、星がすごく綺麗に見えるよね」
「そうだな。月なんて特によく見える」

自分と同じように天を仰ぎ、シリウスは両腕を頭の後ろで組んだ。はまた満月に視線を戻し、飽くことなくその金色の光を見つめた。
何故だかは上手く説明できないのだが、この月を見ていると、ある人のことが思い出される。その人は初めて会ったときからどこか儚げで、けれど包み込んでくれるような優しさを持っている。彼から滲み出るあたたかな優しさに、は何度も助けられた。

「・・・・・・そういえば、リーマスの具合はどうだった?」
「顔色が最悪だったな。朝から医務室に世話になってるよ」
「そっか・・心配だね」
「アイツ、一ヶ月に一回は何かあるんだよな」

声音は呆れを含んだものだったが、その表情からは心配の色が表れていた。
シリウスはなんだかんだと言って本当はとても優しい。だから今もきっと、大切な友人であるリーマスのことが心配なのだろう。もちろん、リーマスのことが心配なのはシリウスだけではない。を含めたみんなが、彼の体調を気遣っている。は明日の朝みんなを誘って、医務室にリーマスの具合を見に行こうと思った。

「あとさ、来週からクリスマス休暇だろ?」
「そうだね」

少しそわそわした様子でシリウスはそう言い、ちらりとを見た。
きっと来週の朝にはほとんどの生徒がホグワーツからいなくなり、自宅へと帰省する。昨日のうちに身支度を整えていたリリーのことを思い出し、はシリウスの言葉に頷いた。

「べつにいつでもいいんだけど、休暇中に会わないか?」

は数度瞬きし、少し顔を逸らしているシリウスに首を傾げた。

「ホグズミードにさ。あの、よかったらだけど・・・つかみんなも誘ってさ―」

冬のホグズミードは雪景色やクリスマスの装飾でいっぱいだ。きっとたくさんの人で賑わい、そして素敵な時間が過ごせるだろう。しかし、はその魅力的な誘いに柳眉を下げ、悲しそうに目を伏せた。

「シリウス、ごめんね・・。私、休暇はホグワーツに残るの」
「えっ?」
「だから一緒にホグズミードには行けないわ」

本当に申しわけなさそうに謝る彼女を前に、シリウスは大きな衝撃を受けていた。
ホグズミードに行くことが許されるのは、ホグワーツの校則で三年生からと定められている。学校にいては一緒にホグズミードに行くことは許されないだろう。

「でも何でだ?ホグワーツに残るなんて、初めて聞いたぞ?」
「お父さんが急に出張になっちゃって・・一人で家にいるよりは、ホグワーツに残って図書館に行ったり、ハグリッドの手伝いをしたほうがいいかなって思ったの」
「・・・そっか」
「ご、ごめんね!せっかく誘ってくれたのに・・」

このままでは泣き出すのではないかと思うほどの青紫色の瞳が潤んでいたため、シリウスは苦笑してその頭を撫でた。

「いいって。それより、一人じゃ淋しいだろ。今からでもみんなを誘って、一緒に残るよ」
「っそんなの駄目だよ!」
「何で?俺はべつに残ったっていいぜ?」
「駄目!だって、みんなにはちゃんと家で家族が待ってるんだよ?帰ってあげなくちゃっ」

淋しそうな眼差しでシリウスを見つめ、は必死に食い下がった。
みんなには帰るべき家、会うべき人たちがいるのだ。だって本当はディストとともにクリスマスを過ごしたかったが、彼はいつも忙しい日々に追われている。ディストもとクリスマスを過ごせなくて残念だと手紙に書いてあった。きっとシリウスの家だってそうに違いない。せっかくの休日に息子が帰ってこないなんて、ご両親が悲しむだろう。
だからは何としても友人たちを納得させ、家へと送り出さなければと思っていた。

「でも、俺は家に帰りたいわけじゃないし、」
「駄目!シリウスは帰るのっ!」

がこんなに必死になって反論する姿を初めて見た。シリウスは珍しいこともあるものだと呆気にとられるが、すぐにその理由に思い至る。
彼女は酷く優しくて、純粋なまでに他人を思いやることのできる女の子だ。きっとシリウスたちがホグワーツに残ることによって、みんなの家族が悲しむと思っているのだろう。自分の淋しさを埋めることより、他人の家族の心配をしているのだ。
本当は自分が一番淋しいくせに。・・ってか、俺の家の人間たちは、俺がいなくても悲しんだりしない。
ただ、息子がいないことでよその家からどう思われるかを気にするのだ。だから本当は、ここに残っていたほうがシリウスにとっても幸せなことだった。
だが、必死に食い下がる彼女の瞳は真剣そのもので、自分が何を言っても彼女は首を振るだけだろうと予想もできる。シリウスは苦い思いを噛み締めながらも、渋々頷いた。

「わかった」
「うん・・っ」

ひとりぼっちにさせてしまう約束をしたというのに、は嬉しそうに微笑んだ。それがなんだかシリウスには苦しくて、休暇なんて早く終わればいいのになんて考えてしまうのだった。




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2009/12/05