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マリアの爪痕 25.彼は悪い人? 背後の気配を察し、は弾かれたように振り向いた。そこには、きつく眉間に皺を寄せているジェームズとシリウスの姿があった。一瞬、二人は自分とリリーに対してこの表情を向けているのかと不安に駆られるが、すぐに二人の怒りの矛先がどこに向けられているのかを悟り、はあわあわと慌て出す。 リリーの吐いた小さな溜息が、にはとても大袈裟なものに聞こえた。 「はぁ・・・二人とも、出会っていきなり睨むなんて非常識だわ」 「それはそいつも同じだろ」 たしかに、二人がセブルスをきつく睨んでいるのに対し、セブルス自身もそれに劣らない眼力で睨み返している。ジェームズは背筋が凍るような、うっすらとした笑みを浮かべ、至極明るい声音で言葉を発した。 「とりあえずご機嫌麗しゅう、僕らのお姫様たち。スニベルスなんかと一緒にいるのは気に食わないけど、会えてとても嬉しいよ」 「わたしたちが誰といようと、貴方には関係ないわ」 つんと澄まし顔で言い退けたリリーは、細い首を振って長い赤髪でジェームズの頬を打った。シリウスはそんなリリーの態度に苛立ちを覚えたが、ジェームズは何も気にすることなく、にこにことしている。その顔を見て、正直頭を抱え込みたくなった。 「ポニーテール、とても似合ってるね」 「それはどうも」 普通の女の子なら、その言葉に頬を染めて喜びの意を示すであろうに。リリーはそっぽを向いたままだった。 可愛くねぇヤツ・・・・。 そう思う反面、たしかに似合っていたので、シリウスは「素直に喜べばいいものを」と思わざるを得なかった。 「わぁ・・・も可愛い!」 「えっ?」 ふと視線をずらしたジェームズの言葉に、シリウスははっとさせられた。目の前に佇む少女の姿を認め、唖然とする。セブルスに気をとられ、あろうことか目の前にいるの艶姿を見落としていたのだ。 彼女が着ているのは、段重ねにフリルをあしらった、シンプルなデザインの真っ白なワンピースだった。いつもは緩く束ねられているハニーブラウンの髪が下ろされており、ワンピースに揃えたのか、両耳の上には白いレースのリボンが結ばれている。のヴァイオレット色の双眸はこの純白の衣装によく映えているし、何よりこのデザインは彼女の可憐さを良い具合に惹き立てている。素直に良いセンスだと思った。 思わず見惚れてしまうシリウスだったが、ジェームズがちゃっかりとを褒めちぎっているもので、つい口を開く機会を逃し、少しむっとした表情でそれを見ていた。 「いやぁ〜、こうして見るとはまるで天使だね!本当によく似合ってるよ!」 「え、あの・・」 「ほら、もっと自信持って!シリウス、キミもそう思うだろう?」 「・・・ああ」 ジェームズに褒められたのがよほど嬉しかったのか、はそわそわした様子で顔を赤く染めている。 なんだかそれが気に入らない。面白くない。シリウスはちらりとに視線を向け、口をへの字に引き結んだ。 よく似合っていると肯定したわりに、あまりにもシリウスの顔が顰められているもので、はついしゅんとしてしまった。 やっぱり、置き去りにしたことを怒ってるのかな。それともこの服、そんな顔をするほど似合ってない・・・?でもジェームズはすごく褒めてくれてるし・・・・・・。 の心の中は、止め処なしに浮かんでくるたくさんの嫌な想像でいっぱいだった。そんな間の悪いときにやってきたのは、このパーティーの主催者であるスラグホーンだ。ここに集まっている面々を見つけた途端、好々爺とした表情でやってきた。 「おお、みんな楽しんどるかね?」 「スラグホーン先生、お招きありがとうございます」 「素敵なパーティーですね。招待していただけて、とても嬉しいです」 ジェームズとリリーだけがまともな挨拶を交わした。セブルスは変わらず黙ったままだったし、シリウスはスラグホーンの登場に眉根を寄せ、「面倒くせぇ」と小さく呟いた。はといえば、未だ心の中に渦巻く嫌な想像たちとの葛藤を繰り広げている。 「ここにいる生徒たちは、本当に素晴らしい子たちばかりだ。もちろん、君たちを含めてだけれども。そう、たとえばあそこにいるミスター・タークス。彼は飛行術に長けた生徒でね、来年にはプロ入りなんていう話も出ている。ああそれと、その隣にいるのはミス・ディーバだ。彼女の論文を読んだが、なかなかの文才を持っている。あとは・・・」 延々と他の生徒たちの特技や家柄、将来についての予想などを聞かされるが、どれも特に面白い話とは思えなかった。 スラグホーンは自分がここにいる生徒たちの"先生"であることを誇示したがっている。今は将来有望な生徒たちの先生という小さな存在であっても、これから先教え子たちが大成すれば、それはスラグホーンにとって大きな利益や自慢となるのだろう。それが彼のこの上ない楽しみらしい。 なんとか会話から逃れようとジェームズが口を開くが、そのたびにスラグホーンは別の話をし始める。これではいつまで経っても終わらない。単調な話に進展が生まれたのは、話にうんざりしてきたシリウスが欠伸をした頃だった。 「そう!魔法薬といえば、ミスター・スネイプ!君の作品は実によかった!!」 何の話からそう飛んだのかはわからないが、スラグホーンは隣にいたとシリウスを押し退け、セブルスの肩を叩いた。今までずっと壁に背を預け、スラグホーンの話をきちんと聞いているのかもわからない表情でいたセブルスは、突然話の渦中に放り込まれ、心底迷惑そうに溜息を吐いた。 「どうもありがとうございます」 「いやいや、君の魔法薬はいつも独創的で素晴らしい。他の生徒たちとは群を抜く出来だ」 手放しでそう褒め称えられても、セブルスの態度は変わらない。相変わらず無愛想なままだ。そういえば、セブルスはとても成績優秀だとリリーに聞いたことがあった。合同授業でそんなに目立っているところを見たことはないが、たしかに魔法薬学で褒められているのを見かけたことがある。 が純粋に関心している隣で、ふとどうしたわけかシリウスがぴくりと頬を引き攣らせたのがわかった。そして、ジェームズとシリウスが同じような表情でいることも。 「お言葉ですが先生」 次の言葉を紡ごうとしたスラグホーンを遮ったのは、にこにこと笑っているジェームズだった。リリーがすかさずジェームズを睨みつけるが、彼はそれに構いもしない。 「ミスター・スネイプがどんな魔法薬を作るかは知りませんが、僕はのほうが素晴らしいと思います」 「えっ・・・?!」 「の魔法薬は正確だし、何より作業に無駄がない」 「そうそう。いつも最初に課題の薬を作り終えるしね!」 唐突にの魔法薬学の成績を褒め出した二人は、を見てニッと笑った。は目をぱちぱちと瞬かせ、唖然とするしかない。 お気に入りの生徒たちにまさかこんな反論を受けるとは思っていなかったスラグホーンは、これは参ったとばかりに大きなお腹を擦った。 「ほっほう!そうだった。そうだったねぇ!!ミス・、君の魔法薬も実に素晴らしい!」 セブルスからは方向転換し、スラグホーンが詰め寄ってにそう言った。 ミスター・ブラックの言うとおり、作業が手早く、いつも真っ先に魔法薬を提出するかと思えば、その魔法薬の精巧さ!実に結構!!君には魔法薬を作る才能があると私はみている! 口々にそんな褒め言葉を並べられ、は赤面してうろたえた。まさか自分の魔法薬を話の肴にされてしまうとは、思いもよらなかったことだ。 上手くセブルスからスラグホーンの気を逸らしたジェームズとシリウスは、互いに視線を交わし合い、にやりと笑っていた。どうやらセブルスが褒められていることが気に食わなかったため、無理矢理に賛辞の矛先を変えたらしい。 ふとそんなときだった。昼間は魔法薬学を学ぶためのこの地下牢に、ゆったりとした舞曲が流れ始める。 「おや、もうダンスタイムのようだ。さぁ、君たちも踊ってくるといい!」 好きなだけ自論を述べ、スラグホーンは満足した様子でこの場を去っていった。 そのずんぐりとした背中を見送り、は改めてジェームズとシリウスに目を向ける。二人は一様に壁際を見つめ、そこに立つ少年を睥睨している。先生がいなくなった途端にこれなのだから、リリーが二人を呆れた目で見ているのはしかたのないことかもしれない。 「貴方たち、いい加減にしなさいよ!」 「ああ、ごめんよリリー!今はスニベリーに構っているより、パーティーを楽しむべきだった!!」 強い語気で話すリリーに対し、ジェームズは大袈裟なほど優雅な仕種で彼女の手をとる。 その瞬間、はセブルスの目に激昂とも取れるほどの険が宿ったのを見た。 手をとられたリリーは突然のことに慌てふためき、手を取り返す暇さえ与えられなかった。 「リリー、僕と踊ろう!」 「い、嫌よ!どうしてわたしが貴方なんかと!!」 満面の笑みを向けながら、ジェームズはぐいぐいと赤面して首を振るリリーを引っ張っていってしまう。もう何人もの男女がワルツのステップを踏む中、二人は多少強引なりとも手を取り合い、踊り始めた。リリーは依然として不本意そうなことを言っているが、体は素直にジェームズのリードと舞曲に合わせてステップを踏んでいる。 思わず苦笑してその姿を見ていると、の横をすっと通り過ぎていく影があった。それは黒いローブを纏ったセブルスであり、その横顔は激しい怒りを覗かせていた。思わず怖くなって後ずさってしまうの肩を、シリウスがそっと支える。 「あーあ、ジェームズのヤツ、好き勝手やり始めちまったな」 「うん・・リリー、大丈夫かな?」 「まぁ、何とかなるだろ。本当に嫌だったら蹴るなり殴るなりすればいいしな」 そう言ったシリウスの目線は、憤然としてパーティ会場を出ていくセブルスの背中を追っていた。 「・・・あんまりスネイプには近寄るなよ」 「え?」 「アイツ、闇の魔術を調べてるって噂があるんだ」 シリウスの硬い声音に促され、は曖昧に頷き、もう一度セブルスの背中を見送った。 たしかに、彼はスリザリンに所属しているし、少し暗い雰囲気を持っているかもしれない。だがには、彼が闇の魔術に精通するような悪い人間には見えなかった。 リリーに垣間見せた柔らかい表情、壁に激突しそうになったを助けてくれた優しさ。頷きはしたものの、はそんなセブルスの良いところを忘れはしなかった。 |