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マリアの爪痕 20.不安の幕開け 快晴の空は青く佇み、白い雲は寒空に薄く広がっている。 肌寒いのが難点ではあるが、クィディッチを行うにはとてもコンディションの整った日だろう。 しかし今日のは、朝目が覚めたときから抑えきれない不安に見舞われていた。 なんとか片手で箒に乗れるようになったし、簡単なパス回しもできるようになった。 リリーやモニカ、プラムだって飛行術が得意だし、ピーターは見違えるほどに上達していた。 何より、自分が失敗したってジェームズやシリウスがいれば百人力に違いない。大丈夫。 何度も何度も自分に言い聞かせるものの、「どうしよう」という思いが消えきらなかった。 「・・あいつ、緊張しすぎじゃねぇか?」 「しかたがないさ。こういう勝負事に慣れてないんだし」 「試合中に何も起こらなきゃいいけど・・・」 箒をぎゅっと握り締めているを後目に、ジェームズは親友の肩を叩いた。 シリウスの灰色の瞳は、ずっと心配の色を見せている。 リリーとモニカがを励ましている近くでは、蒼白な顔をして震えているピーターをプラムが叱咤していた。 そこら中を向いて跳ねている黒髪をくしゃくしゃと掻き回して、ジェームズは一人嘆息した。 いつもなら、頼りになる冷静な人がもう一人いるというのに。 リーマスがいないということがこんなにも困ることだったなんて。初めてそれを思い知った。 だが、いつまでもこのままではいけない。 「さあ、試合が始まるよ」 一同を呼びかけ、競技場の中へと足を踏み入れた。 中央には既にマダム・フーチがボールの入ったケースを足元に、背筋を伸ばして立っている。 その向こう側には、今日自分たちと対戦するチームがぞろぞろと競技場へ入ってきていた。 とシリウス、そしてジェームズはその緑色のネクタイをつけた生徒たちの中に見覚えのある姿を見つけ、目を見開いた。 暗いダークブロンドの柔らかそうな髪に、気品漂う琥珀色の瞳。の目には、リオン・ラヴェルの顔がありありと映ってしまった。 もちろんジェームズもシリウスもリオンの存在に気付いていたのだが、二人にはもう一つ驚いたことがある。 「・・やあ、スニベルス。ご機嫌はいかがかな?」 「・・・・・・」 重たそうな漆黒の髪から覗く暗い瞳が、ジェームズとシリウスをきつく睨む。 セブルスは忌々しそうに小さく舌打ちし、なるべく二人の傍へ寄らないよう後ろへと下がっていった。 無視されたことに苛立ったのか、シリウスはふんと腕を組んだ。 「相変わらず陰気な奴」 「ブラック!失礼なことを言わないでちょうだい!」 「リリーッ」 ぼそりと言ったわりには大きな声で悪態を吐いたため、リリーは緑の目を吊り上げて怒声を放った。 ジェームズは明らかに納得いかないといった表情をしている。 は次にジェームズが何を言うのかがわかってしまい、慌てて両手で彼の口を塞いだ。 「あんな奴っんぶ!・・んー!!」 「だ、駄目だよ・・っ、リリーと喧嘩、しないでっ」 必死にジェームズの口を塞ぎ込んで、は小さく首を振った。 リリーはセブルスと幼馴染であり、共に入学してきた友人なのだ。 悪口など叩けば、雷を食らうことは決死だろう。 今リリーを怒らせれば、確実に試合ができなくなってしまう。 「シリウスも、今は敵の悪口を言う時間ではないわ」 「・・・・わかったよ」 プラムが呆れたように言うと、シリウスは面白くなさそうに両手をポケットへ突っ込んだ。 そのとき、マダム・フーチから箒に跨るよう、指示が出された。 腑に落ちない。そんな不貞腐れた表情をしたまま、とモニカに声をかけ、シリウスは箒に跨った。 あまりにもプラムの言ったことが大人に思えてしまい、悔しがっているのかもしれない。 それはそれでなんだか複雑な気持ちだ。 少しおとなしくなったところで、はようやくジェームズを解放した。 何度か「リリーを怒らせるようなことはしちゃ駄目」と釘を刺し、も箒に跨る。 ジェームズは渋々といった様子で了承し、シーカーの定位置まで上昇していった。 チェイサーの位置に着いたは、正面に浮かぶ敵のチェイサーを見てびくりとした。 シリウスと向かい合う形で箒に乗っているのは、リオンだったのだ。 スリザリンのチェイサーの一人であるリオンは、を見つけると嘲るように口元を歪めて笑った。 「おや、落ちこぼれのアルフォードじゃないか」 肩を揺らしたは、いつもなら見ないようにしている地上を見つめた。 本来なら怖いと思うところだが、今はリオンの言葉が苦しくて堪らない。 「ラヴェル、黙ってろ!」 「ブラック、君もそいつと同罪さ。・・純血の面汚し」 「何だと!!」 「そこ、何を言い争っているんですか!試合を始めますよ!」 マダム・フーチの鋭い一声に歯噛みし、シリウスはリオンと睨み合った。 リオンが侮辱したのは、シリウス・ブラックという魔法使いの存在ではなく、ブラック家の長男という立場だ。 シリウスの中で激しい苛立ちが沸々と湧き上がり、ぐっと強く箒を握り込む。 絶対にぎゃふんと言わせてやる。 今の会話は他のチェイサーとビーターにも聞こえていたらしく、モニカとプラムは柳眉を吊り上げて怒っていた。 頭上のジェームズの表情は見えないが、きっと会話は聞こえていただろう。 は一人俯き、少しでもスリザリン生たちに姿を見られないようにしたいと願った。 もちろん、競技場に隠れる場所なんてないのだから、そんなことは叶わない。 「さあ、正々堂々と試合に臨みましょう」 試合開始の合図、銀の笛が鳴り響いた。 大きく浮遊したクアッフルが視界に入るが、咄嗟に手など出るはずもなく、はクアッフルを見送ってしまった。 しかしそこへ素早く腕が伸ばされ、たちまちクアッフルはシリウスの手に渡る。 「行くぜ!」 速度を上げて一直線に敵のエリアへ突っ込んだ彼に、スリザリンチームは呆気にとられてしまう。 だが一番にその姿を追いかけたのはリオンだ。シリウスの後ろに付いて飛ぶが、その距離は縮まらない。 リオンが遅いわけではない。シリウスが速すぎる。それだけのことだった。 「」 「・・ジェームズ?」 「大丈夫。キミはちゃんとチェイサーの仕事ができるよ」 いつの間にか隣まで来ていたジェームズはそう言っての頭を一度撫で、空高く上昇していった。 スニッチを捕まえるため、上空から金色の小物体を隈なく探すのだろう。 私は・・できる? 自問自答しながら、は首を振った。 そんなことはない。だって自分は。 先ほどリオンに言われた悪態を思い出し、つい目尻が熱くなってしまう。 落ちこぼれ。その言葉を思い浮かべると、とても胸が痛んだ。 ふいに、何回もリーマスが言ってくれた優しい言葉が思い出された。 自分を落ちこぼれではないと否定してくれた彼は、今ここにいない。それは不安だけれど、それ以上に怖いことがあった。 試合に負けるのが怖いのではないと、自分でもわかっている。 自分が失敗して、皆に迷惑をかけてしまうのが怖いというわけでもない。 ただ、落ちこぼれであることを否定してくれた人たちの前で無様な姿を曝したくなかったのだ。 ジェームズだって、大丈夫だと言ってくれた。 せっかくの温かい気持ちを、無碍になんてしたくない。してはいけないのだ。 は数回深呼吸をし、奥歯を噛み締めて震えを殺した。 |