16.リリーの提案




すたすたと足早に廊下を渡るリリーを追いかけて、少しずつ息が上がってくる。
どうしてかはわからないが、はとても緊張していた。
そうでなければ、こんなにも早く息が上がるわけがない。
もしかしたら、さっきのリリーの憤然とした態度に衝撃を受けたせいかもしれない。
今のリリーに話しかけるのは、とても躊躇われることだった。
は、リリーがだんだんと歩く速度を落としたのを見計らい、隣に着くまで急いで走った。

「リ、リリー・・?」

緑色の瞳を覗き込むように、ちらりと横を見やる。
リリーの表情は無に等しかった。先ほどのように怒っているわけではない、ただの無表情だ。
にはそれが少しだけ恐ろしく感じられた。

。悪いんだけど、一緒に来てくれるかしら?」
「え?」


顔を覗き込んだに対し、リリーは普段の調子で話し出した。
少なからずそのことに安心はしたが、はリリーがどこへ行くつもりなのかが皆目検討もつかない。

「行くって、どこへ行くの?」
「マダム・フーチのところよ。たぶんまだ自室にいらっしゃると思うわ」

何故リリーはマダム・フーチのところへ行こうとするのか、このときのにはその意図がわからなかった。
だが、先ほどシリウスと言い合いをしていた頃とは全く別の様子のリリーに、は素直に従った。




「はぁぁ・・・・」
「いい加減元気出せって、エバンスは元々ああいう奴じゃねぇか」
「・・うん、わかってるさ。リリーは本心であんなことを言ったんじゃないって」
「いや・・それは違――」
「リリーは照れ屋さんだからね。つい励ましの言葉をきつく言ってしまったんだろうけど、」
「あれって、励ましてたのかな・・」
「違うと思うよ」
「ああっでも、僕はどうしたらいいんだろう!」

飛行術の授業を受けるため、男子四人組は校庭へと足を進めていた。
いつもならそこにとリリーもいるのだが、今日はその姿がどこにも見当たらない。
それもそのはずで、今朝のことがあってから、二人は一度も口を利いてくれなかったのだ。
は何度か困ったように笑っていたが、そのたびにリリーが引き摺っていってしまった。
その様子に、シリウスは苛々と格闘をしなくてはならなかった。
ジェームズはジェームズで相変わらず大きな勘違いをしているものの、朝食を食べてから溜息の数が増えていくばかりで、これにはさすがの親友たちも手を焼いた。
何度宥めても、結局彼は自分で否定を繰り返したり茶化したりして解決しようとはしない。それが悩みの終わらない最大の理由だろう。
シリウスとピーターがジェームズを連れてマダム・フーチの元まで向かう中、リーマスは一人嘆息し、箒を古びた用具入れから人数分取り出した。
校庭の端でマダム・フーチの声が聞こえた。急がなくては。
四人分の箒を抱え、リーマスは仲間の元へと走った。




「皆さん、こんにちは!さっそく今日の訓練ですが、ここ最近の授業であなた方は随分と箒が上達しました。よって、今日からは新しい内容に取り組みたいと思います」

はきはきとした口調で話し出すマダム・フーチに、誰もが釘付けになった。
自由に箒を操るようになった者は、ただ飛ぶというだけの行為に飽きを覚えていた頃なので、先生の言葉には目を輝かせられたのだ。
次に発されるであろう言葉を予想し、は口元を緩める。

「その内容とは、クィディッチです!皆さんにはそれぞれチームを作って頂き、他の寮とトーナメントを行っていく予定でいます」
「・・・・っ!!?」

マダム・フーチの言葉に、ざわざわとした喧騒が生まれた。
男の子の多くは大喜びでチームやポジションの話をしているし、女の子の間でもちょっとした楽しみの一環となったようだ。
もちろん、例外はほとんどない。

「・・・・・クィディッチ?」

小さく呟いたジェームズのハシバミ色の瞳が見開かれていた。
その声音は期待を含んだものであり、みるみるそれは大きくなっていく。

「クィディッチだって?!本当にっっ?」
「どうやらそうみたいだね」
「うわーっ!聞いたかい、シリウス!僕らもクィディッチができるんだ!!」
「ああ!やったな!!」

よく響くジェームズの元気な声が、そこにいる何人もの人の耳に入った。
彼がはしゃぐ姿を見るのは本当に久しぶりに思えて、はまるで自分のことのように嬉しくなった。
がほっとしながら後ろを振り向くと、そこではリリーが呆れたような目でジェームズを見ている。

「・・本当に、男の子って単純なんだから」
「でも、ジェームズが元気になったみたいでよかった」
「そうかしら?わたしはまた騒がしくなってしまって残念だわ」

言いながらそっぽを向いたリリーを見て、ついつい笑みを漏らしてしまう。
何故ならそれには、ある理由があったからだ。


「フーチ先生!ありがとうございます!!」

感極まったジェームズは、マダム・フーチに仰々しいお礼の言葉まで述べていた。
それにはさすがのシリウスも呆れを含んだ表情を見せている。
マダム・フーチはその様子に機嫌を良くしたのか、微笑みながらこう言った。

「ミス・エバンスがクィディッチの授業を提案してくれたのです。お礼なら彼女に言いなさい」

その言葉を聞いたリリーは、ひくりと頬の筋肉を引き攣らせていた。
ジェームズはその言葉に体を硬直させる。
そう。授業でクィディッチをしたいと進言したのは、他でもないリリーだった。
朝食も取らずにマダム・フーチの自室を訪ねた二人は、説得を覚悟でそれを頼みに行ったのだ。
リリーは本当のことを言わなかったが、そうしたのはきっと、元気のないジェームズのためだろう。
ゆっくりとジェームズの首が後ろを振り返り、彼のハシバミ色の目がとリリーの姿を捉えた。

「リリーが・・・?」

眼鏡の奥の瞳が揺れ、やがてジェームズはとても穏やかな笑みを浮かべた。

「・・そっか」

芝生を踏み締め、ジェームズはとリリーの元へ歩いた。
リリーは即座にそこから退散しようとしていたが、が必死になってそれを阻止した。
恥ずかしいのはわかるが、こういう場合は逃げてはいけない気がする。
そしてジェームズは二人の正面に立ち、眩しいと感じるくらい爽やかな笑顔を見せた。

「ありがとう」

本当に感謝している。
そんな思いが伝わった瞬間に、リリーの顔はその赤毛と同じ色になって俯いていた。

「別に・・・貴方のためじゃないわ」
「ハハッ、そう言うと思った。でも、本当にありがとう!」

にこにこと微笑み、ジェームズはシリウスたちの元へと走っていった。
その足取りは軽快で、いつもの明るい彼そのものだった。
はリリーに笑いかけ、リリーは不本意だと言いながらも赤い顔をしたままだ。
今朝の出来事が、まるで嘘のように思える。はとても安心した。


次の言葉が聞こえてくるまでは。

「いやー!やっぱりリリーは恥ずかしがりやさんだね!僕には隠しごとなんてしなくてもいいのに!」

ジェームズのお調子者な発言を耳にし、次の瞬間には憤怒の表情でリリーが怒鳴っていた。





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2009/09/05