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マリアの爪痕 15.ジェームズの落胆 十一月の気候は、十月に比べればずっと肌寒い。 人一倍寒がりのは、最近ではローブとセーターが手放せない状況に陥っていた。 朝起きれば布団から足先を出すのが億劫だし、読書の時間だって指がかじかんでしまう。 冬の訪れをしみじみと感じるそんな日に、事件は起こる。 「本当かい、シルフッ!一年生はクィディッチの選手になれないって・・!」 「残念だけど、本当だよ。一年生は自分の箒を持てないからね」 「そんな!!」 「悪いね、ジェームズ。これは決まりなんだ」 落胆と絶望の色を見せたジェームズの顔は、いつもの勝気な態度など微塵にも感じさせなかった。 クィディッチチームのシーカー、そして監督生を務めるシルフに詰め寄り、いつになく真剣な表情をしていた彼は、今や放心状態だ。 その現場を目撃したは、隣で本を読んでいるリーマスにこっそりと問いかけた。 「ジェームズはシルフに何を言っていたの?」 「ジェームズは、クィディッチの代表選手に立候補したいってシルフに頼んでいたんだよ」 「え・・・でも今、一年生はクィディッチの選手にはなれないって・・」 「そう。だから相当落ち込んでるみたいだね」 困ったように笑うリーマスは、シリウスに宥められているジェームズを見て気の毒そうな目をしていた。 その後ろ背は情けなくしょげており、親友のシリウスでさえ、上手く言葉をかけられないでいるようだ。 はジェームズがどれだけ飛行術に長けているか、どんなに飛行術が好きなのかを知っている。 なんだか複雑な思いを感じた。 いつのことだったか、彼は飛行術の授業でこう言っていたのだ。 「僕はグリフィンドールのシーカーになってみせる!」 ハシバミ色の瞳を輝かせ、自信たっぷりに宣言していたジェームズを見て、リリーはふんと鼻を鳴らして無理ね、と切り捨てていたけれど、はそうは思わなかった。 ジェームズは何でも完璧にこなすことができる才能を持っていた。 それは彼の勝手な過信ではなく、誰もが認める素晴らしい能力だと思う。 だからこそ、彼がクィディッチの選手になれないことは自分にとっても残念でしかたがない。 「大丈夫。ジェームズのことだから、きっと明日には立ち直ってるよ」 安心させるようにリーマスが言ったその言葉を信じ、は頷いた。 しかし、思ったよりもジェームズの心の傷は深かった。 シルフに残酷な告白をされたあの日から数日が経つが、ジェームズの顔色は何も変わっていなかった。 曇った表情で時折思い詰めたように溜息を漏らす彼の姿は、物珍しく、そして異常とさえ感じられる。 何故ならそれは、やリリーに接する態度までにも影響が出ていたからだ。 「・・・・・」 「・・・ジェームズ?おはよう・・」 いつもどおりソファに座って二人を待っているのにもかかわらず、彼は上の空といったふうにぼーっとしていた。 ここ数日では、あの元気な朝の挨拶を真っ先に言われることがなくなった。 むしろそれには寂しささえ覚え、は自分からジェームズにおはようを言うようになった。 声をかけられたことにようやく気付いたジェームズははっとし、すぐに力ない笑みを浮かべる。 その正面ではシリウスがぴりぴりとした空気を醸し出しているのがわかった。 「やあ、にリリー。おはよう」 「ジェームズ・・その、なんだか今日も元気がないね・・・」 「・・そうかい?きっと気のせいさ。僕はいつでも絶好調だからね」 にこにこといつもの笑みを見せているつもりだろうが、ここにいる一同にはすべてがお見通しだ。 先日までは騒がしいほどに元気爽快だった彼が、今はこんなに沈んでいる。 そんなことは一目見れば一目瞭然なのだ。 ジェームズのこんな姿は初めて見る。 いつもなら何でもないように上手く誤魔化すことができるのに、今は取り繕うことがまったくできていない。 それほど、クィディッチはジェームズに衝撃を与えるものらしい。 「絶好調だと?見え透いた嘘吐きやがって・・!」 「でも、このままじゃずっとあの調子なのかも・・・」 「困ったね・・」 ぼそぼそと男子三人が話し込む中、とリリーは先頭を歩くジェームズの後ろで話題を振っていた。 「ジェームズ、あの・・昨日の夕食に出てたシチュー、おいしかったよね!」 「ん?あぁ、そうだね」 「それから・・っ今日は、いい天気だよね!」 「そうだねぇ。・・・でも結構曇ってるよ?」 「あれっ?・・・・あはは」 はどちらかと言えば話題を振られるほうであり、元々話題を振るのは苦手だ。 とは言っても、お喋りそのものが得意ではない。 案の定、あまり会話としては上手く成り立っていない気がする。 リリーの顔をちらちらと覗き込んで助けを求めてはいるのだが、リリーは完璧にジェームズとの関わりを避けてしまっている。 誰にも頼れないというこの状況に、心の中で大量の汗を掻いた。 するとふいにジェームズは目を伏せ、に話しかけた。 「、ごめんね。気を遣わせちゃって」 「え?」 「リリーも。本当にごめん」 「何でジェームズが謝るの・・?」 「いや、が必死に僕を励ましてくれる姿を見てたら、なんだか申しわけなくなっちゃって・・・」 眉根を下げて、ジェームズは笑った。 なんだかその表情に、胸の奥がちくりと痛んだ。 心配をかけまいと彼が元気に振舞っていたことは知っていた。それが空回りだったということも。 けれど、人はなかなか元気を取り戻せないときがある。 何度励ましの言葉をもらっても、変わらない結果に溜息を零すことがある。 結局はすべて自分自身の問題で、自分の気持ちに自ら整理をつけなくてはいけない。 今のジェームズはそんな状況なのではないだろうか。 そうであるならば、できることは少しでも多く協力してあげたい。 は大広間の大きな扉に差しかかったときに口を開くが、それは次の一言に遮られた。 「ジェームズ、あの――」 「くだらないわ」 その声はびっくりするほどに冷え冷えとしていた。 は目を見開いてリリーを見つめ、その冷ややかな雰囲気に耐え切れず、無意識に後退していた。 丁度後ろにいたピーターの足を思い切り踏んでしまったが、ここにいる誰もが今はそれどころではない。 驚いた顔で呆然としていたジェームズは、今やリリーと一人向き合って何も言えずにいた。 この機会を逃すはずもなく、リリーは大きく腕を組み、容赦なく言葉の攻撃を浴びせる。 「普段はあんなに偉そうなくせに、クィディッチの選手になれないくらいで何だって言うの。だいたい、わたしたちは一年生なのよ。来年があれば再来年もチャンスが来るわ。それなのに貴方ったら・・・幼稚すぎて見ていられない!」 一口に言い切ったリリーはきつく睨みを利かせる。 ジェームズは表情の見えない顔で、それを黙って聞いていた。 この空間だけが妙に静かになり、そして縫いつけられるように皆が足を止めた。 は胸の下辺りに重い何かが流れ落ちた気がして、嫌な汗を掻いていた。 やがてその数秒の沈黙を破ったのは、今までぽかんとこの光景を見物していたシリウスだった。 「っおい、エバンス!そんな言い方あるかよ!!」 「・・っ・・リリー・・・?」 我に返り、どこか様子のおかしい親友を呼びかけるが、彼女は大きく嘆息するだけだった。 シリウスの眉間の皺が、一層深く刻まれる。 「わたしはわたしの意見を素直に言っただけだわ!」 怒ったような口振りをしてみせ、彼女は憤然と踵を返した。 その際に激しくシリウスを睨みつけ、リリーはずんずんと廊下を歩いていく。 自覚のないまま、はその後ろ背を見つめるが、すぐに一歩を踏み出し、リリーの揺れる赤毛を追いかけた。 「リリー・・っ」 朝食も済ませず、しかも大広間に入る直前でいなくなってしまった二人を見送り、男子四人組は固まり続けていた。 誰からともなく全員と視線が重なり、きまずい空気が流れ始める。 「ジェームズ。あんまりめそめそしていると、本当に嫌われちゃうよ?」 口火を切ったリーマスの言葉が嫌に現実的で、ジェームズは耳を塞ぎたくなる思いに駆られた。 さすがに自分でも情けないとは感じていた。 最近の自分は全然自分らしくないし、いつものような元気が湧いてこない。 本当は、こんなはずじゃなかったんだ。今はただ悔しくて、上手く気持ちが整理できない。 それがリリーにこんな一喝を喰らうきっかけになるとは考えもしなかった。 「僕は・・・」 それ以降の言葉が見つからないまま、ジェームズは大理石の床を見つめていた。 |