14.おめでとう




寮へ戻るとは言ったものの、はグリフィンドール塔とは違う方向へ向かっていた。
考えなしにそのまま走ってきてしまったので、みんなに寮へ戻ると言ったことなどとうに忘れてしまっていた。
とぼとぼと重い足取りで廊下を歩き、は溜息を吐く。

「・・ちゃんと話せたらよかったのに・・・・」

今日が自分の誕生日だと知ったとき、みんなはとても驚いていた。
知らなかったのだからそれは当然の反応だが、驚きと同じくらいの戸惑いが見えた。
初めからきちんと今日のことを話せていたなら、あんな空気にはならなかったのに。
きまずい雰囲気を生んだのは、他でもない自分だ。
はもう何度目かわからない溜息を吐き、突き当たりの角を曲がる。
すると、突如姿を見せた背の高い人物と衝突し、は冷たい床に尻餅をついてしまった。

「・・っいた・・!」
「ああ、すまない・・・・っ」

下半身から神経を通して伝わってきた痛みに、思わず声を上げる。
ぶつかった相手は僅かに慌てた様子で腰を折り、痛みに顔を歪ませたへと手を差し伸べた。
彼の鮮やかなプラチナブロンドの長髪が肩から流れ落ちる。

「・・・?」

低く呟かれた自分の名前に顔を上げれば、そこには昨日図書館で会った上級生がいた。
は差し伸べられた手をまじまじと見つめ、瞬きをした。
名前も知らない青年は、なかなか手を掴もうとしないに首を傾げ、眉根を寄せて問いかける。

「起き上がれなくなるほど強く打ったのか?」

ははっとし、しどろもどろな状態で手と視線をうろつかせた。
どうやら彼はその様子を痛みによって動くことができない、というように履き違えたらしい。
彼はあろうことか、の腰へ手を回し、そのまま軽々と彼女を抱き抱えてしまった。

「え・・・っ!あ、あの!?」
「医務室へ連れていく」

突然の行動には頭がついていかず、断りを入れることさえできない。
抱き上げられてしまったがために青年の顔が間近にあり、余計にどぎまぎとしてしまう。
彼の肌は本当に青白く、少し病的にも見えた。
だがその整った顔立ちが、透けるようなその白さによって絶妙に惹き立てられている気がする。
は軽く動悸と眩暈を感じながら、必死に声を発した。

「私っ・・・大丈夫です!もう痛くないですからっ、」
「自分で起き上がれないようでは、大丈夫とは言い切れないが?」
「あ・・・。でもっ今は平気、なんです!それに私重いですし・・!」
「むしろ軽いくらいだ。それに僕は男で、年上なのだから・・君くらい抱き上げられるよ」

が何かを言うたびに、彼はくすりと口元を歪めて微笑んでいた。
その微笑みは一見にこやかに見えるが、には意地悪な笑みに見えてしかたがなかった。
しばらく黙って彼の腕に抱かれていると、ふいに彼は思い出したようにの瞳を覗き込んだ。

「そういえば、まだ名前を言っていなかったね」
「え・・あ、はい」
「僕はルシウス・マルフォイ。・・よろしく、

耳元へ直接息を吹きかけられるように自己紹介をされ、は真っ赤に頬を染めた。
先ほどより心臓の音が激しくなり、身が縮こまってしまう。
初々しい反応を見せられ、ルシウスはくつくつと喉の奥で笑った。それが恥ずかしさを倍増させる。

「さて、。医務室へ君を連れていく予定だったが、それは不要のようだね」
「え?」

どうやら邪魔が入った。
急に立ち止まったルシウスはにそう告げ、階段の先を見るよう促した。
そこにはばたばたと派手な音を立て、すごい剣幕で階段を駆け下りてくるシリウスが見えた。
表情はすこぶる険しく、切れ長の灰色の瞳は憎悪に満ちている。
は初めて見るシリウスのそんな表情に戸惑い、思わずルシウスのローブを握ってしまう。
シリウスはその小さな動作を見逃さなかった。

「マルフォイ!!」
「ブラック、先輩に対していきなりその態度とは・・嘆かわしいな」

息を上がらせて階段を下り切ったシリウスは、涼しい顔をしたルシウスと対峙する。
はまだルシウスの腕の中であり、そしてローブを握ったままだ。
信じられないものを見るような目つきでそれを見るシリウスは、ぎっとルシウスを強く睨んだ。

を放せ!」
「言われなくとも、今下ろす。・・、もう立てるか?」

支えてくれていた腕がやんわりと下がり、の両足が床につく。
自分が立てることを確認すると、はこくんと頷いてルシウスにお礼を言った。

「あの、マルフォイさん・・ありがとうございました」
「構わない。大事に至らなくて良かった」

にこりとルシウスが笑いかけ、はそれに応えようと笑顔を見せるが、シリウスがそうはさせなかった。
はぐいとシリウスの背に庇われ、すぐにルシウスの姿が見えなくなってしまった。
ルシウスのほうも同様で、今彼の視界には見えない。

「用が済んだなら、さっさと失せろ」
「シリウス!そんなこと言わないで・・!」
「いいんだ。・・・・また会おう、

咎めるようにシリウスの後ろ背に声を上げたが、ルシウスの冷静な声色がそれを制した。
薄ら寒い、少し優越感を持った色の瞳が、シリウスを一瞥する。
そしてとシリウスに背を向け、ルシウスは地下牢のある方角へと歩いていく。
美しいプラチナブロンドの髪だけがとシリウスの目に映っていた。




「・・・・あの、シリウス?」

ルシウスの背が見えなくなった頃、は何も言わないシリウスを呼びかける。
するとシリウスはおもむろに振り向き、の手を握ると、そのままずんずんと階段を上り始めた。
は突然体を引っ張られたことにより足をもつれさせるが、シリウスは転ぶ隙さえも与えない。
そしてグリフィンドール塔の入り口、太った婦人の肖像画の前で、ようやくシリウスが口を開いた。

「・・俺、あいつが嫌いなんだ」
「え?」
「昔から妙に・・癪に触るっていうか、何ていうか」

握られている手に力が込められ、はシリウスの表情がいつの間にか変化していることに気がついた。
ルシウスを睨んでいたときは、嫌悪を剥き出しにして怒りの色が見えていた。
しかし今はどことなく怒りが抜け落ち、まるで拗ねている子供のような、そんな顔つきだ。

「とにかく!・・あいつに何かされてねぇか?」
「う、うん。ただ廊下でぶつかったら、医務室へ連れていくって言われちゃって・・」
「ぶつかった?!怪我はっ?」
「だ、大丈夫・・!全然痛くない、から!」

の言葉に慌てたのか、シリウスはの肩を揺さぶり、全身を見回す。

「大丈夫ならいいけど・・・つか、何でそれくらいで・・」

ぶつぶつとルシウスに対してシリウスが文句を言い出した頃、肖像画の扉が開き、くしゃくしゃの黒髪を撫でつけるジェームズが現れた。

「遅かったじゃないか、シリウス!」
「あ。わりぃ・・」

とシリウスの存在に気がつくと、直りきっていない黒髪を跳ねさせ、ジェームズは肩を竦めていた。
自分を見たときのジェームズの顔は愛想のいい爽やかな少年そのものだ。
だがその視線が繋がったままのとシリウスの手に留まると、一瞬だけその雰囲気が霧散した。
冷ややかな何かを察したのか、シリウスはぱっと手を放し、からそっぽを向く。
ジェームズはといえば、既に笑顔を取り戻していた。

、こっちにおいでよ!」

さっきまでシリウスが握っていた手を、今度はジェームズに颯爽と奪われる。
後ろではシリウスが顔を赤くしていたのだが、はそれに気づかず、引っ張られるままに談話室へと足を踏み入れた。


が来たよー!」

ジェームズのその一声で、四方八方からクラッカーのようなものが打ち上がる。
噴射されたきらきらと光るそれは、空中で弧を描いての周りを回った。
そして最後にはすべての光が一箇所に集まり、「誕生日おめでとう!」の文字を綴った。

「・・・・・っ・・」

突然の歓迎に唖然としてしまったは、いつもと様子の違う談話室を見て何も言えずにいた。
真っ赤な部屋にはハロウィンの綺麗な飾りが施され、テーブルはジュースやお菓子でいっぱいになっていた。
そして、みんなの特等席である暖炉に一番近いソファの前には、友人たちの笑顔が見える。
普段のメンバーに加え、モニカやプラムも一緒だ。
その一団の中から真っ先にリリーが立ち上がり、の手をジェームズから引き剥がした。

、お誕生日おめでとう!」
「り、リリー・・・っ?」

両手をきゅっと握り込んで、リリーが言った。
何度も何度も瞬きを繰り返すは、ついおろおろと慌ててしまう。
自分は今、誕生日を祝われているのだ。
誕生日もろくに教えられず、挙句にはみんなを置いて一人で勝手に駆け出してしまうような自分を、みんなが祝ってくれている。

「おめでとう。
「リーマス・・」
「ごめんね。本当はすぐにでもおめでとうを言うべきだったのに」
「・・ううんっ、私こそ、突然いなくなってごめんなさい」

リリーの隣に立つリーマスは柔和な微笑を零し、鳶色の髪を揺らした。
その表情がとても優しくて、自分こそ申しわけないことをしたと自覚させられてしまう。
俯きかけたの頭に手をやり、シリウスが「こら」と苦笑する。

「確かにびっくりさせられたけど、べつに謝る必要はないだろ?」
「そうそう。それに、誕生日なんて言いふらすものさ!遠慮なんかしないでよ!」
「それで、盛大に祝ってもらえばいいんだ。プレゼントもたくさんもらってな」

それでこそ友達だろう?
ぽんぽん、と肩や背を叩いて、二人はあたたかく祝いの言葉をかけてくれた。

「誕生日おめでとう!
「おめでとう」

おめでとう、と言われるそのたびに、ほわほわとした気持ちが流れ込んでくる。
とても心地が良くて、少しくすぐったい。おめでとう、という言葉は、こんなにも嬉しい言葉だったろうか。
自分はなんて馬鹿だったんだろう。
"小さなこと"を言い出せなかったちっぽけな自分に、今ならそう思える。
は潤み出しそうになる涙をぐっと堪えながら、お礼を言った。

「ありがとう・・・・っ!」

その後もピーター、モニカ、プラムの三人からおめでとうの言葉をもらい、は嬉しそうにはにかんだ。
急な話だったからプレゼントは用意できなかったと、申しわけなさそうにするリリーたちには「お祝いしてくれただけで充分だよ!」と首を振り、笑顔を見せた。

「来年は絶対用意するからね」
「もちろんさ!素敵なプレゼントを期待しててよ!」

リーマスとジェームズはと約束を交わし、はくれぐれもジェームズが変なものを贈ってこないよう頼んだ。
そんなやり取りを見て、シリウスやピーターから笑い声が上がり、同じように女の子たちもくすくすと笑っていた。
こんなにも楽しい誕生日会は、にとって初めてのことだった。
あまり家から出なかった入学前の自分の生活を考えれば、著しい進歩だと思う。
義父は毎年必ず自分の誕生日を祝ってくれたが、友人のいなかった自分は、いつも義父と二人きりで誕生日を迎えていた。それはもちろん、自分にとって楽しい時間の一つだ。
しかし、たくさんの人に誕生日を祝ってもらえるということは、また特別に嬉しいことだった。
それこそ、自分にとっては最高のプレゼントなのだから。


来年もこんなふうに誕生日を迎えられたらいい。
そう期待しながら、はリーマスからもらったチョコレートを齧った。





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2009/08/22