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マリアの爪痕 13.10月31日 ハロウィン当日、はリリーと一緒に談話室へと下りていった。 いつもならここでジェームズが真っ先にやってきて、二人に爽やかな笑顔を見せ、おはようを言うのだ。 だが、今日はそうではなかった。 「・・・・あれ?」 「誰もいないわね・・」 二人は同じように目をぱちぱちと瞬かせ、談話室内を見渡した。 しつこいと思うほどに元気な朝の挨拶がないと思えば、暖炉の傍にあるリーマスのお気に入りのソファにもその爽快な姿はない。 男子四人組の姿が、どこにもなかったのだ。 なんだかそれがとても淋しく感じ、は男子寮の階段を見つめた。 リリーはすぐに何かを察知したのか、の腕を引き寄せ、注意深く辺りを睨んでいる。 「どうしたんだろう・・・先に大広間に行っちゃったのかな?」 「珍しい・・・というか、すごく怪しいわ」 きな臭いものを嗅ぎ取ったらしいリリーはを連れ、すたすたと談話室を横切り、素早く大広間へと足を運んだ。 そこには昨日と何ら変わりのない、朝食の風景がある。 それぞれのテーブルを前に朝食をとっている生徒たちでいっぱいだ。 ただ違うのは、騒々しい雰囲気に少しの物足りなさを感じるだけ。 やはり姿の見えない四人に、は肩を落とした。 「まさか、寝坊じゃないわよね」 「さすがにそれは、違うと思うけど・・」 「でもあの人たちが朝食をとらないはずないでしょう?」 リリーと疑問符を浮かべながらも、は大広間の扉付近をじっと見つめていた。 誰かが入ってくるたびに四人の顔と照らし合わせるが、一向に彼らの姿は現れない。 残念そうにが溜息を吐くと、急に目の前が真っ暗になり、背後から複数の笑い声が聞こえた。 「「Trick or treat!」」 今日という日を代表するその言葉を紡いだその声に聞き覚えがあり、は小さく笑った。 そしてあらかじめ用意しておいたものをポケットから取り出し、少し得意気になってみる。 「はい、どうぞ」 手に持っていた飴が取られると、ぱっと視界が鮮明になり、先ほどと同じ大広間の風景が見えるようになった。 後ろを振り返ったはそこに思った通りの姿を認め、表情を緩めた。 背後に立っていたシリウスは、ぽりぽりと頭を掻きながら少しぶすくれてた顔をしている。 「なんだ、用意してたのかよ」 「昨日の夜、ちゃんと用意しておきなさいって、リリーに言われたの」 「・・・余計なことを」 そう言いながらの隣のリリーを一瞥するが、そこにはリリーの目隠しをなかなか外さず、とうとう鳩尾に肘をぶつけられているジェームズの姿がある。 それには思わず、もシリウスも声を上げて笑った。 すると、ふいに目の前にチョコレートの詰まった小箱が置かれ、は瞬きした。 「、Trick or treat」 にこにこと正面に座ってそう言ったリーマスは、心なしかいつもより機嫌が良さそうに見えた。 なんだかそれが伝染してきたようで、も綻んだ微笑を零す。 リーマスにはのはにかんだ笑顔と、またぶすくれ始めたシリウスの顔が見えている。 自分の登場が気に食わなかったのか、それともと微笑み合っているのが面白くないのか。 原因を考えてみるものの態度は変えず、そのままとの談笑を楽しむことにする。 「はい、リーマスにはチョコレートだよ」 「ありがとう、。でも、これは君の分だよ?」 「え、こんなに・・っ?」 迷わずは差し出された小箱にチョコレートを入れかけるが、リーマスの言葉によってそれは阻まれる。 なんとこの小箱に詰められたチョコレートは、すべてのものだと言うのだから驚きだ。 「うん。全部のために用意したんだ」 「あ、ありがとう!・・でも、本当にいいの?こんなにもらっちゃっても」 「もちろんだよ。でもハロウィンなんだし、何か言うことがあるんじゃない?」 そう言って悪戯に小箱を引っ込めたリーマスに、はどこか恥ずかしそうに頬を染め、言葉を発した。 「・・と、Trick or treat」 「よくできました」 柔和な微笑みを浮かべるリーマスから小箱を受け取り、もリーマスにチョコレートを渡した。 こんなにたくさんもらえるのであれば、自分ももっとたくさんのチョコレートを用意しておけば良かったと、はリーマスの手に握られたチョコレートを後悔の念たっぷりに見つめる。 しかしリーマスは気にしないで、と相変わらず変わらない笑顔を見せていた。 「気にすんなよ。リーマスはチョコレートならいくらでも持ってるんだし」 「なんだかその言い方には語弊を感じるなぁ」 「別にいいだろ、ほとんど変わりねぇし」 いつの間にやら隣で朝食を貪っていたシリウスは、ベーコンにフォークを刺していた。 確かにリーマスはチョコレートを常備しているようだし、どうせ他の人からもたくさんもらっているに違いない。 今日は自分が満足するほどの量をあげることができなかったが、それはまたの機会でも遅くないだろう。 それに、リーマスは今が渡した分のチョコレートにとても満足しているように思えた。 は気を取り直して、依然リリーに付き纏っていたジェームズと、リ−マスの隣で苦笑しているピーターにもお菓子を渡した。 そして気がつけば、天井からは何羽ものフクロウが飛んできていた。もう郵便の時間らしい。 生徒たちは自分宛のフクロウから手紙や新聞、小包みを受け取っている。 は自分のフクロウを持っていないが、自分の元へ飛んできた一羽のフクロウに見覚えを感じ、顔を上げた。 一羽の小さなモリフクロウは、片足に手紙を括りつけ、そして小さな小包みをぶら提げての元へやってきた。 「あら、お父様から?」 「うんっ、そうみたい」 嬉しそうにはモリフクロウから手紙と小包みを受け取った。 荷がなくなったモリフクロウは、かつかつと食卓を歩き、やがてあろうことかシリウスの皿に盛られたベーコンを一枚銜えた。 それを見たシリウスは頬をひくりと引き攣らせる。 「・・・・こいつ・・」 「あっ!ご、ごめんね、シリウス・・!」 「いや、別にいいよ。・・・・これくらい」 シリウスは一度モリフクロウを小突くと、取り繕った笑みでにそう言った。 申しわけなさそうに眉根を下げるを見ると、怒る気も失せるというものだ。 「そういえば・・のお父さんって、あのディスト・なんだよね?」 思い出したようにジェームズがに問いかけた。 はそうだよ、と肯定し、頷きながら手紙を開いた。 手紙の文章を追う彼女の瞳が優しく和んでいくので、リリーは何か素敵なことでも書かれていたのかと、興味津々の様子でフォークを置いた。 「何かいいことでも書かれていたの?」 「え・・あ、うん。ちょっとね」 リリーの問いかけにはっとしたは、昨日の朝食のとき同様、誤魔化すように笑って手紙をしまった。 その様子に、みんなの表情がほんの少し顰められる。 昨日といい今日といい、の様子がいつもと違う。何かを隠している、というか言えないでいる、というか。 何らかの違和感を感じてやまなかった。 ジェームズは思案するようにハシバミ色の目を細め、の膝に乗っている小包みに目を留めた。 そしてぴんと来る何かを予感し、ジェームズはにやりと口元を歪めた。 「ねぇ、。その小包み、中身は何だったんだい?」 「え?」 「開けたほうがいいんじゃないかな。ハロウィンのお菓子かもしれないよ?」 首を傾げながらも素直に小包みを開け始めたところを見ると、手紙には小包みの中身が何なのか書かれていなかったらしい。 これは好都合。そう思いながら、ジェームズはにこにことしていた。 みんな包みが気になっていたのか、全員がの手元を覗き込む体勢となり、やがてが最後に包みを捲る。 すると、そこには一枚のカードが乗せられている一冊の本が現れた。 カードには繊細そうな男性の流麗な字体で、こう書かれていた。 「「「「「Happy Birthday ・・・!!?」」」」」 カードを見た男子四人組とリリーは、口を揃えてその顔に驚愕の色を見せた。 重なり合った大音量の声にびくりと肩を震わせ、はおろおろと視線を彷徨わせる。 義父から贈られてきた本を抱き締め、は自分の不注意を呪った。 せっかく誤魔化しきるつもりでいたのに、まさかこんなところでばれてしまうとは・・。 「えと・・?」 「な、何?」 「今日、君は誕生日なのかい?」 「・・・・・・・・うん」 それは言い難そうに彼女が言うものだから、皆は心の中で大きく後悔した。 もっと早くに誕生日を聞いておけばよかったと。 きっとは昨日の朝まで、今日が自分の誕生日だということを忘れていたのだろう。 そしてようやく思い出したそのとき、何かあるの?と友人に聞かれても「明日は私の誕生日なんだ」だなどと、控えめな彼女には言うことができなかったのだ。 なんとも奥ゆかしく、彼女らしい。だがそんな遠慮をさせてしまった、自分たちにも不甲斐なさを感じてしまう。 それぞれが色々な思いを逡巡させている中、はその沈黙にとうとう耐え切れなくなったのか、突然席を立ち上がった。 「あ、あのっ、私先に寮に戻ってるね!」 そう言い残し、ぱたぱたと大広間を出ていってしまった。 呆然とその背を見送り、シリウスは流れる黒髪へ無造作に指を埋めた。 「・・・・・しまったな・・」 「僕としたことが・・!の誕生日を聞き忘れていただなんて!!」 ついにはジェームズも頭を抱え出し、周りには陰鬱な雰囲気が流れ始めた。 リーマスは大広間の扉付近を見つめながら、小さく息を吐く。 「・・・誕生日のこと、言い難かったんだね・・」 「そりゃあな・・自分のことを言うの、あんまり得意じゃなさそうだし。むしろ、図々しいかもって遠慮しちまうタイプだろ」 「でも、せっかくの誕生日なのに・・」 自分だって、家族や友人に誕生日を祝ってもらえるのは、一年の中でも特に嬉しいことだ。 誕生日とは近しい人たちに祝ってもらってこそ、その意味があるのではないだろうか。 そう思うリリーは、今回の件にとても申しわけない気持ちにさせられた。 だが、こんなことで時間を潰している暇などない。に早く言わなくては。 「みんな、早く寮に戻ろうよ」 そう切り出したのは、長椅子から腰を上げたリーマスだ。 シリウスはそんな彼に遅れを取るまいと、かぼちゃジュースを急いで飲み干した。 「に早くおめでとうを言ってあげなくちゃ」 「ああ」 微笑んだ彼らに倣い、次にはジェームズが、そして最後にリリーとピーターが立ち上がり、みんなは一斉に大広間を駆け出した。 |