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マリアの爪痕 12.ドラキュラ伯爵 は石段を登り、何度も自分の書いた手紙の封筒を見つめ直していた。 もし宛名が間違っていたり、住所が間違っていたりしたら困りものだ。 確認を重ねないと不安になってしまう性分の彼女は、そう思いながらフクロウ小屋へと足を踏み入れた。 十月も半ばを過ぎた今の時期は、自然が衣替えをしている最中であり、少しずつ枝の木の葉の色が変わってきていた。 ホグワーツに入学して、もう一ヶ月以上が経つ。 時の流れとは早いもので、の学校生活はどんどんと過ぎていく。 フクロウ小屋の柵の向こうを見ながら、は慎重にフクロウを選んでいた。 なるべくおとなしいフクロウでなければ、は手紙を託すことができないだろう。 は何羽ものフクロウに目を奪われながら、最後には小柄なモリフクロウを呼び寄せた。 「この手紙、お願いしても・・・いいかな?」 手を伸ばすと、そのモリフクロウはに擦り寄り、片足を恭しく差し出した。 どうやらとても利口なフクロウのようだ。任せてもいいとのことらしい。 は明るい表情をしながら前足に手紙を括りつけ、モリフクロウを撫でた。 「ありがとう。よろしくね」 お礼を言って、持ってきたフクロウ用のビスケットの欠片を与える。 モリフクロウは丸い目を細めてそれを啄ばみ、やがて翼を広げて飛び立った。 はその姿が見えなくなるまで、そこで外の景色を眺めていた。 「あ・・・っ!」 思わずは声を上げていた。 両隣に腰を下ろしていたリリーとリーマス、正面でトーストを頬張っているジェームズとシリウスとピーターの全員が、その不可解な声に首を傾げる。 「どうかしたのか?」 最後の一口を口に放り込み、シリウスが問いかけた。 ははっとして、持っていた日刊預言者新聞を握り込み、何でもないよと首を振った。 何でもないように見えない誤魔化し方をするところが、実に彼女らしい。 リーマスがくすりと笑って、再度問いかける。 「何でもないようには見えないけど?」 「・・あの、ただ・・・今日は十月三十日なんだな、って」 「そうか、明日はもうハロウィンなんだね!」 ジェームズは指を鳴らして合点がいったとでもいうような顔をした。 今日までという月日があっという間だったせいか、ハロウィンのことなどすっかり忘れてしまっていた。 明日の夕食にはハロウィンパーティーが開かれ、盛大に楽しめることだろう。 男の子たちは「明日の夜はご馳走だね!」と嬉しそうだ。 「それで、ハロウィンがどうかしたの?」 「え?・・・ううん、何でもないの!ただ、時が経つのは早いなって思って・・!」 どことなく視線が泳いでいたは、それを誤魔化すようにかぼちゃジュースを飲み干した。 らしからぬその態度にみんなは疑問を抱かずにいられなかったが、そのときは何も言わずに話を打ち切った。 もしかしたら、彼女にとって言いたくないことなのかもしれない。 そう思うと、誰も彼女に無理強いなどできないのだ。 ホグワーツの図書館は驚くほどに広い。学校の設備とは思えないほどの充実さを持ち、何より置かれる本の質も高い。貴重な文献は多いし、興味深いものも多いので、読書好きのはこの図書館が大好きになっていた。 は闇の魔術に対する防衛術のレポートのため、資料を集めにここへやってきたが、思ったよりも読みたくなる本が見つかってしまい、どれを借りていこうか悩んでいた。 「この本、確かお父さんも持ってたな・・」 本棚の中には家の書庫にも収められていた本が何冊か見つかり、本当に何でも揃っているのだなと感心させられる。 の義父、ディスト・は相当な本の虫だ。きっと在学中にはこの図書館に入り浸っていたに違いない。 今でも書店へ行けば新作を何冊も買い込み、数日で読んでしまう。 自分がよく本を読むようになったのも、すべては義父のおかげだろう。 とりあえずレポートに役立ちそうな資料は集め終わった。あとは自分で読みたいものを借りるだけ。 はしばらく本棚の間を歩き回り、やがて一冊の本の背表紙を見て立ち止まった。 "ドラキュラ伯爵"と書かれたそれに、何かが引っかかる。 ドラキュラとは、いったい何のことだったろう? どこかで聞いたような気がするが、どうしても思い出すことができない。 はその本に手をかけ、マグル界の本が並ぶ本棚から引き抜いた。 厚さはさほどでもないが、字の羅列が細かい。だがには読み難くないものだ。 内容を把握しない程度にぱらぱらとページを捲っていくと、本に挟まれていた黒いしおりが、ふいにの足元に落ちた。 よく見てみると、それには綺麗な金色の装飾が施されている。 誰のものだろうとしおりを裏返したそのとき、背後に人の気配を感じた。 はびくりと驚きに震え、後ろを振り返った。 「すまない。驚かせてしまったかな」 随分と青白い顔をした青年だった。 痩身の青年は眉根を下げて謝った直後、の赤色のネクタイに目を留めると、その灰色の瞳を顰めた。 その上級生のネクタイはセブルスやリオンと同じ、あの緑色をしている。 ただそれだけのことに、体が強張った。 俯いてドラキュラ伯爵の本を抱き込んだは、どうすることもできずただ立ち尽くしてしまう。 「・・・・その本、」 「え・・?」 「・・いや、やはりいい」 「っあ、あの・・!」 は、急にそう言って踵を返してしまった彼のローブの裾を慌てて掴んだ。 彼のローブに光る監督生バッジに目が留まったものの、今はそれどころではない。 突然そんな行動に出た彼女を訝り、青年は身長差のあるを大きく見下ろし、そして目を見開いた。 そのヴァイオレット色の色彩に、彼は思わず見とれてしまう。 「・・・・・あ!ご、ごごごめんなさい・・っ!」 視線が合った途端、は掴んでいた裾を放すと共に目線を逸らす。 やはりまだ、自分の瞳を覗き込まれることには慣れることができない。 青年はというとと向き合いながら、謝る彼女をじっと凝視している。 「えと、その・・このしおり、貴方のもの・・ですか?」 おずおずと彼女が差し出したのは、あの本に挟んでおいた自分のしおりだった。 彼はまさに、そのしおりを探しにここへ来ていたのだ。 青年は差し出されたしおりを受け取り、にお礼を言った。 「ああ、そうだ。ありがとう」 「い、いえ・・」 依然本を抱いたまま固まっている彼女を置き去りに、再び彼は踵を返した。 一度しか見られなかった、あの青紫色の可憐な色を思い返しながら、彼は薄く微笑む。 「・・・名前は?」 「・・っえ?」 「君の名前を聞きたい」 に背を向け、見事なプラチナブロンドの長髪を靡かせる青年は、穏やかな声音で問いかけてきた。 怪訝に思いながらも、はその問いを無視したりはしなかった。 少なくとも、青年がリオンとは違うと確信していたからかもしれない。 「・です」 「・・・・・覚えておこう」 確かめるようにゆっくりと名前を呟いた彼は、そのままその場を立ち去ってしまった。 は何度も瞬きをして、何故あの人は自分の名前を聞いたのだろうかと思案した。 しかも自分の名前は言わずに、の名前だけを聞いて行ってしまった。 いったい、あの人は誰なのだろうか。 首を傾げながら、はドラキュラ伯爵の本を片手に、しばらくそこで頭を悩ませていたのであった。 結局、その後は"ドラキュラ伯爵"を借りることはなかった。 なんだかあの本の内容を好きになれないような、そんな予感がしたのだ。 中の挿絵を見た、あの瞬間に。 |