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マリアの爪痕 10.純血主義 「はい、これでもう大丈夫ですよ」 治療を終えたマダム・ポンフリーは、消毒液を棚にしまい、所用があると言って医務室を出ていった。 見たところ他に患者はいない。医務室の白い空間の中にいるのは、たちだけのようだ。 大きな絆創膏を貼られた膝小僧を撫で、はみんなにお礼を言う。 「みんな、ありがとう」 後からやってきたジェームズとシリウスは、どうやらリオンと何か話してきたようだったが、話の内容は教えてくれなかった。 喧嘩のようなことをしていなければいいのだが・・。 は自分のせいでみんなが誰かと喧嘩したりするのは嫌だった。 特にリオンのような人とは下手な因縁を持たないでほしい。 「どうしてラヴェルは、にあんなことをしたのかしら?」 備え付けの小さな椅子に座るリリーは、思案顔でそう呟いた。 近くのベッドにはジェームズとピーターが腰かけており、リリーと同じように考える素振りを見せた。 医務室の窓から射し込む光が赤い。もうすぐ夕食の時間になる。 は少し空腹を感じていたが、この空気の中でそれを告白する気にはならなかった。 少しの沈黙が流れ、やがて壁に背を預けていたリーマスが口火を切った。 「、昨日のことはみんなに話したかい?」 「・・ううん」 「昨日のことって?」 リーマスはを一瞥し、了承を得るような目をしてみせる。 は一度こくんと頷いて、すべてをリーマスに話してもらうことにした。 自分が昨日の件を上手く説明できるような気はしなかったし、彼に任せたほうが合理的だと判断してのことだ。 少し硬い表情をしながら、リーマスは簡単に昨日の呪文学の授業後のことを話し始めた。 リオンがの義父の話を持ち出し、を蔑んだこと。魔法族からすれば、彼女はできそこないだと悪態づいたこと。そして去り際に吐き捨てられたあの言葉。 リリーはそのすべてを聞いたとき、首を振ってその緑色の瞳を揺らした。 「ひどい・・っ、何でそんなこと!」 「クソ、やっぱ殴っておけばよかった!」 リオンの胸倉を掴んだあのときを思い出してか、シリウスは忌々しげに奥歯を軋ませる。 は俯き気味に目を伏せ、唇を引き結んだ。 リオンから発せられた言葉を思い出すと、胸が痛くなる。 「でも、何でにそんなことを言ったのかな?」 ピーターの小さな疑問に、一同は口を閉ざす。 おどおどと身を縮めてしまったピーターは、自分の発言はよくないものだったのか、と口元を手で覆い隠す。 そのときジェームズが眼鏡を押し上げ、大きく溜息を零した。 「それはたぶん、ラヴェルが純血の魔法族だからだろうね」 ジェームズの言葉を耳にしたシリウスが、いかにも不機嫌そうに眉根を顰めた。 綺麗な黒髪を振り、やがてそっぽを向いてしまった。 純血の魔法族の中には、自分たちが純血であることに尊大な誇りを持っている者がいる。 自分たちが誰よりも優れていると驕っていたり、ときにはマグルを酷く批判する者も存在する。 また、その多くは自尊心や気位が高い。 シリウスは、その汚く醜い思い上がりを痛いほど身近に知っていた。 「・・・ラヴェルの家は、たしか魔法族の中でも旧家にあたる純血主義だ」 「純血の魔法族のことは知っているけれど、それがどうしてへの嫌がらせと繋がるの?」 シリウスとは違い、その事情を深く知り得ていないリリーは、苛立ちを感じながら問いかけた。 ジェームズは大袈裟に肩を竦め、そのくしゃくしゃな髪に指を絡ませた。 「つまりね、リリー。ラヴェルはすこぶるプライドの高いお坊っちゃんなんだ。純血の人間が好きで、マグル出身者は侮蔑の対象。彼にとっての友達とは、まさに純血の魔法族だけなのさ」 「さしずめその同じ純血の、しかも聡明な魔法使いの娘が簡単な基本呪文に手間取っていることが、彼には気に入らなかった・・ってところだろうね」 「・・・そんなことで、にあんな仕打ちを?」 「純血ってことに馬鹿みたいなでかい誇りを持ってて、その名を汚されることを嫌う・・そういう連中だ」 信じられないとばかりに瞬きをしたリリーに、ジェームズやリーマスが苦笑した。 純血の魔法族の中で、純血主義を掲げている者はそんなに多いわけではない。 ただ、スリザリンの生徒やその家系には多々存在している。 当の本人は胸糞が悪いとでも言うように顔を顰めているが、シリウスの家もその純血主義の家系の一つなのだ。 きっとそのことを深く知らないのは、この中ではリリーただ一人だけなのだろう。 「」 さっきからずっと口を開かないの肩を叩き、リリーが優しく呼びかける。 は一瞬ぴくりと反応を見せ、控えめにリリーを見上げた。 「ラヴェルが純血主義だか何だかは知らないけれど、そんな理不尽な理由で貴女が傷つけられる必要はないわ」 周りにいる四人はリリーに同意し、静かに首を縦に振った。 は視線をさ迷わせながら、言い難そうに言葉を紡いだ。 「でも、私が落ちこぼれなのは、ほんとだよ・・」 「何言ってるのさ!今日キミはスラグホーンにあんなに褒められてたじゃないか!!」 「そうよ!貴女は落ちこぼれてなんかいないわ!」 ふと心の中で、昨日リーマスが言ってくれた言葉を思い出した。 。君は落ちこぼれなんかじゃないよ。 は自らの胸にこびりついていた闇が、少しずつ晴れていくような気がした。 「ね、・・?」 「・・ピーター・・・」 視線をずらすと、そこには緊張しているのか、顔を真っ赤にしてしきりに指を弄っているピーターが立っていた。 彼は浅く息を吸って数度瞬きをし、やはり忙しなく視線を泳がせながらに言った。 「あの、き、きみは、僕なんかよりずっとっ、魔法薬が作れるよ・・!それに、僕より早く箒で飛ぶことができたっ!」 ピーターはと同様、人に褒められることなんか滅多にない生徒だ。 彼女の感じている劣等感は、彼の中にも同じように根付いている。 だからこそ、に言わなければいけないことがあった。 「だから、えと・・何が言いたいかっていうとね・・っ」 「・・・ピーター、いい加減早く言え・・!」 「ご、ごめん!」 シリウスが一睨みすると、ピーターは飛び上がるようにびくつき、またもごもごと口を開く。 だがは急くことなくその言葉を聞いていた 「とにかく・・・い、一緒に頑張ろう・・って、」 そう言いたかったんだ・・。 最後のほうは力が抜けていき、ピーターはもう駄目だと言うように下を向いてしまった。 しかしそれでも、にはその思いが充分に伝わった。 ピーターが勇気を振り絞って伝えてくれたことを、無碍にはしたくない。 は顔を上げ、ほんの少しだけ表情を緩める。 「・・・うん・・っ」 そのの表情に安心したのか、周りからはほっとしたような笑顔が咲いていた。 やがてリーマスがベッドから立ち上がり、医務室にかかっている時計へ目をやった。 「もうこんな時間だね」 「じゃあそろそろ大広間に行こう。お腹も減っていることだしね」 「ラヴェルのヤツはどうする?」 「とりあえず、彼には充分注意していこう。今はそれくらいしかできないさ」 リーマスの提案に、もリリーも賛成の意を示した。 今日のように突然何かをされないよう、まずは極力近づかないことが一番の策だ。 そう思ったは、擦り剥いた膝に気を配りながら、ゆっくりと椅子から腰を上げた。 するとシリウスがその隣に立ち、手を貸してくれた。 「あ、ありがとう!」 「ああ。・・・また何かあったら、すぐに言えよ?」 そう囁いたシリウスは、一度の頭をくしゃりと撫で、ジェームズの隣まで歩いていった。 はその頼もしい背中を見つめ、大広間に着くまでずっと顔を赤くして俯いていた。 |