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マリアの爪痕 07.ラウル・スクルド 学校に入学して数週間も経てば、生徒たちの様子は少しずつ露になってくる。 同じ授業を受けた人や、人の噂の種になるような人は、自然と記憶の中に刻み込まれていくものだ。 どこの寮の、誰が成績優秀なのか、どんな名前、どんな容姿なのか。 その中でもジェームズ、シリウス、リリーの三人は、特に一目置かれる存在となっていた。 類稀なる飛行センスと自信に満ち溢れた言動。魔法の能力も高く、それでいてユーモアのあるジェームズ。 多くの目を惹く容姿を持ち、自然なのに堂々として優雅な立ち居振る舞いを見せるシリウス。 正義感と優しさで人々の感心を得ており、女子生徒の中で最も成績優秀なリリー。 この三人に憧れや羨ましさを感じるものの、本当に自分なんかが傍にいてもいいのだろうかと思わされることがある。 はリリーと一緒に、闇の魔術の防衛術の授業が行われる教室へと足を進めていた。 前方ではいつもの男子四人組が肩を並べて歩いている。 リリーは例の如くジェームズとシリウスを警戒し、自分やに近寄ってこないよう威嚇していた。 ジェームズには談話室での前科があり、シリウスは先日の飛行訓練の際にの箒の柄を勝手に放したことが、リリーの逆鱗に触れていたのだ。 しかしは少し驚いただけで、結果的には箒で空を飛ぶことができるようになった。 全てはシリウスが協力してくれたからであり、むしろ感謝をしなくてはいけない。 ただ、この様子のリリーの前で自らシリウスたちに近づくのは容易なことではなかった。 「あの人たち、もっと早く歩けばいいのに・・!」 小さく文句を言うリリーは、じろりとジェームズの背を睨んでいた。 ジェームズがリリーをどう思っていようと、彼女にとってのジェームズはどうやら危険人物でしかないらしい。 闇の魔術の防衛術の先生、ラウル・スクルドは口元のホクロが印象的で、とても皮肉屋な人物だ。そして、が一番苦手な先生でもある。 初めての授業では、まずは生徒たちがどれほどの常識を弁えているかテストをすると言って、何の前触れもなく小テストを行った。 幼い頃から本だけはしっかり読んでいたこともあり、はなんとか合格点を取ったものの、少し字を間違えただけで多大な嫌味を放たれた。 「ああ、可哀相に。君はまず言葉の勉強からしなくてはね」 はそれで酷く気落ちしてしまい、スクルドに会うたびにびくびくしてしまうようになった。 あの細い目にねめつけられると、なんだか身が竦んでしまう。のその態度を見ても、彼は喜んで皮肉を言って去るだけなのだが。 それからというもの、はこの授業にトラウマを負ってしまい、教室に行くだけで憂鬱を感じる。 「さて、今日は君たちにいくつかの質問をしていこうと思う。なに、難しいことではないさ。どれだけ呪文を知っているかを調べたいだけなのだから」 さらりと金髪を撫でつけ、スクルドは教科書をぱらぱらと捲った。 彼はただ、"できない生徒"を見つけたいだけなのだろうとは思った。 スクルドは誰かのことを皮肉ったり、その人に嫌味を零すことが大好きなのだ。 今はきっと今日の標的を探しているだけに違いない。 自分が当てられることはありませんように・・。そう願っては膝の上で両手を組んだ。 「そうだな、ではまず・・ミスター・ルーピン!」 スクルドの声がリーマスの名を呼び、は安堵すると共にとても狼狽した。 自分が当てられているわけではないのだが、当てられてしまったのは友人であるリーマスだ。やはり心配になってしまう。 呼ばれたリーマスは、列を挟んだ隣の席にピーターと並んで座っている。はそっと横目でリーマスの顔を窺った。 「開錠の呪文を知っているかな?」 わざと疑問系にするところが、いかにも意地の悪さを示している。 スクルドはとリーマスの間まで歩み寄り、薄笑いを浮かべてリーマスを見下ろした。 リーマスはというと、そんな態度は気にしないとでも言うように、すぐ近くのスクルドの顔を見上げてあっさりと解答を述べた。 「アロホモラです。先生」 後ろの席で、ジェームズとシリウスがくつくつと笑い出した。 リーマスの即答に唖然としてしまったスクルドの表情を見て、笑いを抑え切れなかったようだ。 周りの生徒たちはというと、臆することなく質問に答えたリーマスに感心したような目をしている。 もちろんもその一人であり、スクルドさえいなければ真横を向いてともに尊敬の眼差しを送っていたことだろう。 「っよろしい。では次に・・!」 仕切り直そうと他の生徒へ目を移したスクルドは、今度はその視線をシリウスに留めた。 シリウスは次の質問が自分にふられると予測したのか、心底面倒臭そうな表情をしている。 「ミスター・ブラック。ルーモスとは、何の呪文だったか――」 「明かりを灯す呪文です」 「・・・・っ、その通りだ」 スクルドの問いが言い終わる前にシリウスが返答したため、スクルドは今度こそ苛つき始めたようだった。 思い通りの展開にならなかったことが、よほど面白くないのだろう。眉根を引き攣らせ、足をとんとんとんとん踏み鳴らしている。 ピーターがその苛つき様にびくびくしながら俯いているのが見えた。 「では次の質問は」 突然くるりと後ろを振り返ったスクルドの細い目が、のヴァイオレット色の瞳を捉えた。 思わず畏縮してびくんと肩を跳ねらせたは、すぐに予感した。 次は自分だ、と。 「さあミス・、今ミスター・ブラックの答えたルーモスの呪文だが・・。そのルーモスより強い光を灯す呪文を答えたまえ」 明らかに命令口調となったスクルドの態度に、何人かの生徒が戸惑いを隠せずにいた。 が答えられないとスクルドが踏んでいるのは明らかなのに、あえてそんな彼女に質問を投げかけているように見える。 教員らしからぬ理不尽なその行為に、ジェームズとシリウス、リーマスやリリーまでもが眉を顰めた。 は真っ白になりかけた意識を必死に呼び戻し、先日予習した教科書の内容を思い出そうとした。 学校に通う前から、ずっと教科書を眺めていたのだ。思い出そうと思えばすぐにだって思い出せるはずだった。だが、突然のことで上手く頭が回らない。 何度か口を開閉させてから、涙目になったはスクルドの足元をじっと見つめた。 「・・・わ、かりません」 か細くそう告げたを見下ろし、スクルドは満足したように口元を歪め、そしてすぐに嫌味の言葉を紡いだ。 「正解はルーモス・マキシマだ。嘆かわしいことだね、こんな呪文も知らないとは・・」 そのままスクルドはことあるごとに毒を吐いていた。もちろん、被害に遭ったのはだけではない。 しかしは悔しくて悲しくて仕方のない気持ちでいっぱいだった。 本当は答えを知っていた。だけど、あの人の前で口を開くのが怖い。 授業の内容もノートに写さず、その時間はずっと自分の膝だけを見つめ続けていた。 「あの人、あれでも先生なのかしら!」 「まったくだよ!あの嫌味ったらしい態度ったら、信じられないね!!」 談話室のテーブルに鞄を叩きつけたリリーは、怒り冷めやらぬ勢いのままソファにぼすんと腰かけた。 その正面にはリリーと同じく、スクルドへの怒りでいっぱいのジェームズが座っている。 授業を受ける前の彼女であれば、即座に追い払っていたことだろう。 当人であるは、苦笑いをして二人を宥めた。 「でも、私が答えられなかったんだし・・」 「あんなふうに嫌味を言われるようなことはしていないさ!」 「ああ。でもスクルドのヤツ、今にとピーターを虐めるのが趣味になるぜ」 「そ、そんな・・っ!」 スクルドの鋭い眼光に見据えられ、次の質問に答えることができなかったピーターは、まんまとスクルドの標的になってしまったのだった。 シリウスの隣で震え出すピーターを見たは、彼を心から気の毒に思った。しかし、自分にもその厄災は降りかかることだろう。しかもきっと真っ先に。 気が重くなるのも当然で、は誰にも気付かれないよう、そっと溜息を零した。 |