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マリアの爪痕 05.仲良くなるには 初めての朝は、とても心地の良いものだった。 薄く朝日が射し込む窓辺を眺めながら、はゆっくりと身を起こした。 首の後ろ辺りに纏わりつく気だるさを振り払い、うんと上半身の伸びをする。 そして他の三人を起こさないようにそっとベッドを降り、洗面所へ向かった。 やはり精神的な心持ちが楽になったからだろうか。 鏡で見た自分の顔は、ここ最近では一番血色が良いように見えた。 ハニーブラウンの髪は寝起きさながらの様子でばさばさとしている。 は冷たい朝の水で顔を洗い、すぐに髪を梳かし始めた。 それから少しして、リリーとプラム、最後にモニカが起床した。 の髪とは全然違う毛質をしているのか、モニカの栗色の髪は何度梳いてもなかなか昨日のような綺麗なカールにはならなかった。むしろ、あちこち好き放題に飛び跳ねている。 プラムは仕方がないとばかりに溜息を吐き、とリリーに先に朝食をとりに行くよう促した。 「いつもはお母さんが魔法をかけて直してくれていたの・・」 「はいはい、だったらその魔法を早く覚えましょうね」 螺旋階段を下りながら、とリリーはあの二人はいい組み合わせだねと小さく笑っていた。 しかし階段を下り切ったところで、はリリーの顔が心底うんざりしていることに気がつく。 首を傾げて暖炉の近くのソファを見やると、そこには朝から元気な少年たちの談笑風景があった。 その中でも一際明るい声でいるジェームズは、二人の姿が目に入った途端ソファから立ち上がり、爽快な挨拶を交わした。 「おはよう、、リリー!素敵な朝だね!」 「そうね、貴方にさえ会わなければ素敵な朝だったかもしれないわ」 まるで彼の顔を見ないと決め込んでいるかのように、素早くリリーは談話室を横切ろうとした。 だがにはリリーのような器用な真似ができない。否、させてもらえない。 既に彼女はシリウスとリーマス、そして昨日食卓の隅にいた小柄でぷっくりした少年に取り囲まれていたのだ。 「おはよう、」 「おはよう、リーマス」 伏し目がちに彼を見ると、リーマスは優しく笑いかけてくれた。 昨日より幾分の緊張が解けていることに気がつき、なんだか嬉しくなったのだ。 「シリウスも・・・おはよ・・っ」 「・・・はよ」 先ほどからリーマスの肩を借りているシリウスは、まだ完全に眠気を振り払えていないらしい。 欠伸をしながら、の挨拶に言葉を返した。 リリーはそんな朝の風景に微笑ましさを感じるものの、早くこの場を離れたいという思いも拭えはしなかった。 リーマスに控えめにおはようを言った後、昨日はこのグループにいなかった小柄な少年に視線を移した。 「あら、貴方は?」 「ぼ、ぼくはピーター・ペティグリュー。ジェームズたちと同室、なんだ。よろしくね・・!」 ピーターはおどおどしながらも、顔を赤くしてとリリーに笑いかけた。 きっと彼もあまり積極的なタイプではないのだろう。 びくびくとした話し方や、忙しなく泳いでいる小さな目がそれを物語っている。 は自分と同じような雰囲気を持つピーターに、なんとなく安堵した。 「さーて、そろそろ朝食に行かないかい?お腹も減ったことだしね!」 「そうだな」 「・・・・ねぇ、まさかとは思うけど貴方たち、わざわざわたしたちを待っていたんじゃないでしょうね?」 「当たり前じゃないか!」 この意気揚々とした元気は、いったいどこから湧いてくるのだろうか。 そして、リリーの不機嫌をものともしないジェームズの器の大きさには脱帽する。 シリウスとリーマスは友人の愚かさに大きく溜息を吐いた。 「僕たちは紛れもなく、キミたちを待っていたのさ。だって一緒に朝食をとりたいだろう?」 「・・・・貴方、愚かしいくらいに自意識過剰ね!誰が貴方なんかと一緒にいたいって言うの!」 「まあまあリリー、そんなに目くじら立てないで。ほら、行こうよ!」 先頭を切って歩き出したジェームズに、リリーは今にも掴みかかっていきそうだった。 隣にいるピーターはその形相にひっ、と身を縮ませる。 唸るようにしてジェームズの背を睨んでいる彼女の顔は、鬼にも近かったのだ。 はそんなリリーの隣へ追いつき、気を取り直すようぎこちなく笑みを向けた。 これから毎朝、ジェームズたちは二人を待って暖炉近くのソファに腰かけていることだろう。 入学してからの初めての授業は、寮監であるマクゴナガルが受け持つ変身術だった。 聡明な彼女は、数少ないアニメーガスの一人であり、優れた魔女であるということが一目瞭然だった。 はどことなく苦手意識を持っていたが、やはりそれは杞憂ではないようだ。 朝食の際にシルフが「マクゴナガルは厳しいよ」と言っていたことが、頭から離れない。 マクゴナガルは杖を一振りして傍にあった地球儀を黒いコノハズクに変えて見せ、多数の生徒から拍手を送られた。 それでも、きりっとした顔色は一切変わらなかった。 「変身術は中途半端な気持ちでは修得し得ない、危険な魔法の一つです。その内容は複雑かつ困難であり、私の話をきちんと聞かない者には何も教えられません。最初に言っておきますよ、ミスター・ポッターにミスター・ブラック!」 生徒たちが一斉に教室の後方へ顔を逸らした。 そこでは杖を向け合って遊んでいるジェームズとシリウスの姿があったのだ。 二人はマクゴナガルの言葉に軽く返事をするが、どう見ても反省や焦りの色はない。 ジェームズとシリウスが教員たちにとって最も注意すべき生徒であることは明白だった。 きっと彼らは一筋縄ではいかないだろう。 「・・では、まず初めに」 黒板に文字を羅列させていく手を追って、はノートを採り続けた。 隣に座るリリーも、真剣そのものの硬い表情でマクゴナガルの流麗な文字を目で追っている。 結局、今日の授業は基本的なことをノートにまとめ上げるだけで終わってしまった。 だが次の授業からは実践をやると告げられ、の脳内に嫌な予定が刻み込まれてしまった。 その後はリリーでさえ眠気を抑え切れなかった魔法史や、温室で植物を学ぶ薬草学の授業を受けた。 授業を重ねるごとに、だんだんリリーの苛々が募ってくる。 なぜならそれは、授業を終えるたびにジェームズたちが付きまとってくるせいだった。 きっと彼ら・・特にジェームズは、ただ二人と一緒にいたいだけなのだろうが、リリーにとっては迷惑行為そのものでしかない。 昼食を食べ終わると、リリーは即座に図書館へ行ってしまった。 もちろんも誘われたが、魔法史で採ったノートの字があまりにも酷いので、この空いた時間内にまとめ直そうとその誘いを断った。 魔法史で眠り込んでいたが為に急いで採った汚いノートを、リリーに見られたくはなかったのだ。 がグリフィンドール塔へ戻ってくると、昼食を過ぎたばかりだからか、談話室に人気はなかった。 今朝ジェームズたちが座って談笑していたソファにも、人の姿はない。 しばらく談話室を見回してから、は隅のソファに腰かけ、鞄から魔法史のノートを取り出した。 ぱらぱらとページに目を通すと、寝惚け半分で書いた、薄くてくねくねしている読み辛い字が羅列している。 さすがにこれは酷いと、自分でも苦笑した。 その部分のページを破りとり、は次のページに新しく文字を書き連ねた。 「あー・・・こりゃひでぇな」 「シリウス、ノートを採ってもいないキミが言えることじゃないよ」 ふいに差し込んだ複数の影にびくりとし、は声の主たちを振り返った。 昼食を食べてきたであろうジェームズ、シリウスが背後に立っており、暖炉の傍にはリーマスとピーターの姿も見えた。 は咄嗟にノートを閉じ、破りとったページを乱雑に挟み込む。 「み、見た?」 「「見た」」 にやりと口端を上げ、二人は異口同音で肯定した。 かぁっと顔が紅潮していくのがわかり、は恥ずかしさに視線を泳がせた。 シリウスは小さく笑みを漏らしながら隣へ腰かけ、ジェームズはソファの背にもたれる。 「わざわざ書き直すなんて、偉いじゃん」 「うんうん。初日から図書館へ行くリリーもそうだけど、勉強熱心だね!」 「ち・・がうよ。ただ、読めないと不便かな、って」 勉強熱心などと言われるほど、自分はできた子ではない。 ただ、やっても不安はなくならないと知っているくせに、やらなければ余計不安になってしまうのだ。 気が小さいだけであって、特に熱意を持っているわけではない。 「でも、行動に移すだけ充分偉いよ。僕とシリウスなんか、ノートさえ採ってないんだから!」 特に自信を持って言えることではないが、ジェームズは堂々としていた。 にはそれがとても羨ましく思える。 時には彼のように、何にでも堂々としてみたいものだ。 「とても威張って言えることじゃないけどね」 リーマスはジェームズの言葉にくすりと笑って、たちの傍に座った。 ピーターも遠慮がちにその隣へと腰を落ち着かせる。 「リーマスは真面目すぎるね!僕のように多少ユーモアがあったほうが、女の子からの受けが良いよ!」 「とか言いながら、エバンスからの受けは最悪だろーが」 「今日、ずっと怒ってたよね・・・」 大きく宣言したジェームズの言葉にシリウスがぼそりと反撃し、ピーターはリリーの鬼の形相を思い出してか、少し青ざめた表情を見せる。 は、進みゆく話の流れがいつの間にか変更されていることに気がついた。 正面に座るリーマスが「ごめんね」と眉を下げた。 「わかってないなぁ・・!わかってないよっ、二人とも!」 「いや、わかってないのはむしろ、」 「いいかい?リリーのあの態度は愛情の裏返し、つまりは照れ隠しなのさ!」 演技がかったジェームズの台詞に、誰もが目を背けた。 シリウスは額を押さえてうんざりしているし、リーマスはどこからかチョコレートを取り出してに渡した。ピーターでさえ、俯いて目線を合わせないようにしている。 もしかしたら、既にこの話を聞かされていたのかもしれない。 ただ唯一だけが、ジェームズの妄想から逃れられないでいた。 つらづらと捲くし立てられるたびにジェームズの顔が近づいてくるものだから、は顔を赤くして瞬きをし続けた。 「でもこのままだと、ずっとリリーは素直に接してくれないかもしれない・・」 「素直な反応をしているからこそ、リリーは苛立ってるんじゃないかなぁ?」 「僕がシリウスたちと一緒にいるから、人前で余計恥ずかしがっているのかも!」 「一番の原因はお前だっての」 「ねぇ、。どうすればもっと仲良くなれるかな?」 ジェームズの言葉に逐一意見を出したシリウスとリーマスだが、見事に無視を決め込まれている。 はそんな中で急に意見を求められたため、上手く言葉が出てこない。 リリーはジェームズが思っているように、好意で怒鳴ったり苛々したりしているわけではない。 むしろその逆で、本当に嫌悪しているからこそ、ああいった態度をしているのだろう。 まさにシリウスとリーマスの意見は正論なのだ。 だが、自分はジェームズに厳しいことは言いたくなかった。 「ジェームズは積極的すぎるから・・・・・だから、それが嫌なんじゃない、かな?」 それでなくともジェームズの顔が近いため、はおずおずと控えめにそう言った。 誰だって、好意を持たれて嬉しくないはずはないのだ。 は自分がそうだからこそ、リリーも同じなのではと考えた。 ジェームズが積極的に歩み寄ってきてくれる。それは嬉しいことだ。 けれど、毎度毎度しつこく付きまとうようでは・・・リリーが嫌がるのも無理はない。 ジェームズは一度瞬きをすると、顎下に指を添えてふむと悩むような素振りを見せる。 「そうか・・・」 「で、でもっ、ジェームズがリリーと仲良くしたいっていう気持ちは、ちゃんと伝わってると思うよ!」 「は優しいね」 「ああ、甘すぎだ」 傍らでシリウスとリーマスがそう言った。 は他にもフォローを入れようと思考を巡らせるが、やはりなかなか思いつかない。 ジェームズはというと、今度はその顔を見てふふっと笑い出した。 「ありがとう、。でも僕はなにも、リリーだけと仲良くなりたいわけじゃないよ?」 「え?」 「僕はキミとも仲良くなりたいんだ」 微笑んでいるジェームズは、汽車で自己紹介をしたときと同じような、悪戯っぽい表情をしていた。 ジェームズの顔が、今までで一番近い。 はほんの少し心臓がどきっと高鳴ったが、ジェームズの肩越しに見えた赤い髪に、それを忘れさせられてしまった。 「とにかく、リリーは極度の恥ずかしがりやなんだね!あ、それはもかい?顔が赤いよ?」 「ポッター!!貴方に何してるの!!?」 ジェームズの背後で何冊かの分厚い本を振り上げたリリーは、またあの鬼の形相をしていた。 |