03.勇敢なる者の住う寮




崖下の暗いトンネルを潜り、ごつごつとした岩の道を登って、城へと足を進めた。
辿りついた石段を上がれば、そこでは大きな樫の木の扉が一年生たちを出迎えた。
はリリー、リーマスと並んで城を見上げる。
近くに来て眺めてみると、この学校は学校とは思えないほどの大きさに思えた。
敷地は果てしなく広そうで、きっと中も入り組んでいるに違いない。
は今後の学校生活で道に迷わない自信がなかった。
やがてハグリッドは握り拳を掲げ、その扉を数回叩いた。
すると木の軋む音が鳴り響き、目の前の扉が開け放たれる。

そこに立っていたのは、背の高い厳格そうな顔をした女性だった。
ハグリッドは真っ先に進み出て、その女性に話しかけている。

「マクゴナガル先生、今年のイッチ年生たちです」
「ありがとう、ハグリッド。この先は私が案内しましょう」

ミネルバ・マクゴナガルは一年生たちを玄関ホールの中へと導いた。
ホールの天井は目で追うのも億劫なほど高く、面積も広い。
入ってすぐ右側の扉からは、何人もの生徒たちの声がした。
きっとそこが大広間なのだろう。ここに在学中の生徒たち、つまりたちの先輩になる人々がいるのだ。
樫の木の扉が閉まると、マクゴナガルはきびきびと一年生を誘導した。
指示に沿って入った部屋は大広間ではなく、脇にある狭い空き部屋だった。
いつの間にか、すぐ目の前にはシリウスの黒髪が見えたし、その隣にはジェームズらしき男の子がいる。
リリーの顔が顰められたのに気がついたが、狭いこの部屋の中では二人を避けることは難しいだろう。

「ホグワーツ入学おめでとう」

マクゴナガルが簡単な挨拶と、組み分けの儀式の説明をした。
ここにいる誰もが緊張の糸を張り巡らせている。
組み分けとはいったいどのように行うものなのか、マクゴナガルは一言も言わなかった。
それが余計に一同の不安を煽る。
だが、ジェームズとシリウスが呑気に談笑しているのを見て、は心から感心した。
緊張感溢れる雰囲気の中で、わくわくとした表情でいるのはこの二人だけだったのだ。
場違いに見えるかもしれないが、気の弱いにとっては、それはとても勇敢な姿に思えた。

「リーマスは組み分けの儀式がどんなものか知ってる?」
「いや、僕は知らないな」
「魔法の試験とかだったらどうしましょう!わたし何も知らないのよ?」
「で、でも、マグル出身の子は他にもいるわ。だから、きっと魔法とは関係ないと、思う・・」

不安げなリリーにそうは言ったが、自身にも不安はあった。
それが声と表情に出ていたのだろう、リーマスは苦笑して、とリリーの両方に「きっと大丈夫だよ」と言ってくれた。

「まもなく儀式が始まります。さあ、大広間へ行きますよ」

マクゴナガルが先頭を歩き、その後に一列になって一年生たちは玄関ホールを抜け、大広間への扉を通った。
大広間の中には、眩しいくらいの蝋燭が浮かんで並び、その上では天井が美しい闇の空を映し出していた。
一年生たちは四つのテーブルの中央を横切り、指示に従って上座のテーブルの前へ立ち並ぶ。
隣ではリリーが満天の星々を見上げていたが、にそんな余裕はこれっぽっちもなかった。
目の前には何百という生徒の目があるのだ。
人前にほとんど姿を曝してこなかった自分としては、本当にぎくしゃくしてしまう光景だ。
前方の生徒たちがの目を見てこそこそ話しているのが見え、は余計に俯いてしまった。
隣に立っているリーマスがそれを首を傾げて見ていたが、マクゴナガルの声で姿勢を正した。

「今から組み分けを行います」

厳かに告げた彼女の足元には一脚の椅子、そしてその両手には古びたぼろぼろの帽子が持たれていた。
マクゴナガルがそのつぎはぎの帽子を椅子に置くと、一瞬にして大広間は静寂に包まれる。
は何事かと小さく顔を上げるが、突然視界の隅で帽子がぴくぴくと動いたことに目を見開いて驚いた。
帽子の破れ目がふるふると震え、まるでそこが口であるかのように歌い始めたのだ。
は初めて目にした不思議な帽子に唖然とし、歌の内容を聞く暇もなかった。
歌が終わると、四つのテーブルからは待ってましたとばかりに大きな拍手が起こる。
帽子は丁寧にお辞儀をすると、再び静かになり、口を閉じた。

「名前を呼ばれたら、帽子を被って椅子に座りなさい。組み分け帽子が組み分けをします」

とリリーは拍子抜けするように肩の力を抜いた。
ただ帽子を被って座ればいいだけだったなんて。
安堵の溜息を一つ吐き、はどきどきしながら組み分けを見守った。

「アンドレ、ウィリアム!」

一人の男の子が進み出て、ちょこんと椅子に腰かけた。
他人の組み分けだというのに、何故か自分までも緊張してしまう。
自分の順番が来るのを待つのにも、とても労力を要するようだ。

「レイブンクロー!」

数秒の沈黙の後、組み分け帽子が声を張り上げた。
ウィリアムは拍手喝采する一つのテーブルに向かい、青色のネクタイを結ぶ生徒たちに歓迎されている。
どうやら見たところ、赤色のネクタイはグリフィンドール、青はレイブンクロー、黄はハッフルパフ、緑はスリザリンを表しているようだ。
そしてその後も、数人の組み分けが行われる。




「ブラック、シリウス!」

前の人への拍手喝采が止み、その名前に何人もの生徒たちがざわめいている。
は歩み出た生徒の姿を目にして、一つ瞬きをした。
さらさらの黒髪に、灰色の切れ長の瞳。彼は間違いなく汽車で出会ったあのシリウスだ。
彼の姓名がブラックであったことに、は驚きを隠せなかった。
そういえばシリウスは自己紹介をしたとき、姓を名乗らなかった。気付かなかったのも当然だ。
リリーを含めた何人かの生徒たちは、不思議そうに彼の組み分けを見つめている。
だが大多数の生徒たちは心の中で、彼に組み分けは必要ないと考えているに違いない。
帽子を被って、何やらぶつぶつと呟いているシリウスの背を見て、はそう思った。
何故なら、ブラック家は一族中がスリザリンに属しているからだ。
寮の大抵は、家系で決まると言っていいと聞いたことがあった。
それほど魔法使いの一族は一族中で一定の寮に属している。
シリウスの組み分けは、前の人たちより幾分時間がかかっているようだった。
だが、それもようやく次の瞬間に終わりを告げる。

「グリフィンドール!」

でさえ、耳を疑った。
だが次の瞬間、はち切れんばかりの拍手がグリフィンドールから湧き起こった。
今やスリザリンのテーブルでは誰もが驚き、冷めやらぬ喧騒の中にいる。
シリウスはというと、ちらりと後ろを振り向き、誰かに向かってニッと笑っていた。
それがジェームズに対してだと、は直感した。

「静粛に!」

マクゴナガルが一喝して、再び大広間には静寂が舞い降りる。
明らかにぼそぼそと話し声は聞こえるが、マクゴナガルは無視して組み分けを続けた。
それから何人かが組み分けられ、順番が少しずつ近づいてくる。

「ディルレイン・ジーク!」

隣ではリリーが、次は自分か、それともその次かとそわそわしていた。

「スリザリン!」

ジークは堂々とスリザリンのテーブルへ向かい、上級生たちと握手をしていた。
マクゴナガルの口が開いたのと同時に、リリーがぴくんと体を揺らす。

「エバンス、リリー!」

リリーはの手を一度そっと握り、震える足取りで帽子の待つ椅子へと歩いていった。
がちがちに緊張している彼女の深みのある赤髪に帽子が触れた瞬間、帽子が大きく叫んだ。

「グリフィンドール!」

は振り向いたリリーの笑顔に笑みを返し、彼女がグリフィンドールのテーブルへ行くまで見守った。


点呼が続き、ここに立っている生徒の人数が少しずつ減っていく。
俯き気味でいたは、首が痛くなってきたため、マクゴナガルにばれないようにそっと首を回した。
そして次の名前を耳にして、ばっと組み分け帽子へと視線を戻す。

「ルーピン、リーマス!」

隣にあった彼の姿がなくなり、はどこか淋しさを感じた。
今自分の隣にはリリーもリーマスもいないのだ。
もし二人と違う寮に入ってしまったら、今日生まれたこの関係は薄れてしまうのだろうか?

「グリフィンドール!」

嫌な思いを胸に抱えながら、リーマスがシリウスとリリーのいるグリフィンドールの席に腰かけるのが目に入った。
次々と生徒が呼ばれる中で、とうとう自分の名前が読み上げられる。

!」

一度固唾をゆっくりと喉に流し込み、は椅子に腰かけた。
そしてそっと頭に被せられる帽子の感触を感じる。
目の前が真っ暗になり、視界が帽子の内側の闇に消えた。
手と足の指先が震えているの耳の中で、お年寄りの低い声が聞こえてくる。

「フーム・・・・なかなか珍しい子が来たものだ」

はおっかなびっくりして息を呑んだ。
この組み分け帽子には、自分の素性がわかってしまったのだ。
嫌な汗が額に滲むのを感じ、は堅く目を閉じた。

「この血族の多くはグリフィンドールだった。だが、君の中には別の何かが潜んでいる。
 それはむしろ、スリザリンの思考に近いものだ」

悩む。難しい。そう唸り続ける帽子は、今度は自身に問いかけた。

「君は、自分が怖いかね?」

は食い縛っていた歯を解き、唇だけを動かした。
怖くて怖くて堪らない、と。
組み分け帽子はその言葉をしかと聞き届けたかのように、「わかった」と短く了承した。

「グリフィンドール!!」

まさか、とは信じられない気持ちでその言葉を聞いた。
帽子をマクゴナガルに取られ、一気に視界に光が差し込む。
は落ち着かない心臓を押さえながら、テーブルへと足を進めた。
グリフィンドールのテーブルでは、リリーを含めたグリフィンドール生たちがに拍手を送っている。
おぼつかない足取りでよろめきつつ、ほとんどへたり込むようにしては椅子に腰を下ろす。
少し前のほうに座っていたリリーが喜びに顔を緩ませ、手を振っているのが見えた。
も手を振り返すが、すぐに目線を下げて自分の膝を見つめた。

組み分け帽子は、何故自分をグリフィンドールへ入れたのだろうか?
最後の質問が関係しているのは明らかだ。
だが、あのときは確かに「怖い」と答えたのだ。
勇気ある者が住うグリフィンドールに、自分が入れるとは思っていなかった。
決まったことに対して文句を言っているのではないが、どこかが腑に落ちない。
本当に、自分は・・。

「やあ、!汽車で出逢った上に同じ寮に入れるなんて・・僕たち、何か運命を感じないかい?」
「ジェームズっ!」

とんと肩を叩かれて振り向けば、ハシバミ色の瞳が顔を覗いてくる。
ジェームズはにこにこと、いかにも上機嫌な様子での隣へ腰かけた。

「見ていたかい?僕の組み分けを。一秒と経たないうちに帽子はグリフィンドール!と叫んだよ」

当たり前だよね。僕は勇気溢れる若者なんだから、と口にするジェームズに、呆れを通り越して苦笑が滲んだ。
どうやらいつの間にか組み分けは着々と進んでいたようだ。
はなるべくジェームズに声を抑えるよう説得し、彼の話にはこくこくと素直に頷いた。
それからしばらくの後に正面へ視線を向けると、そこでは丁度セブルスの名前が呼ばれていた。

「スリザリン!」

組み分け帽子がそう叫んだのを耳にし、はセブルスを目で追う。
俯くようにして、彼は足早にスリザリンのテーブルに着いた。
その隣に座るプラチナブロンドの髪を持つ上級生がセブルスの背を叩いたのが見える。
リリーにスリザリンを勧めていたくらいなのだから、彼自身がスリザリンに入ることは、なんとなく予想していたことだ。
思えば、せっかく同じコンパートメントにいたのに、一度も彼とは言葉を交わさなかった。
ずっとセブルスは自分をねめつけるような視線で射抜いていたし、彼はリリーとは違い、話せるような雰囲気にもならなかった。別に彼も自分とは話したくなかったのだろう。

「もしかして、スニベルスが気になるの?」
「え?」
「セブルス・スネイプだよ。あいつ、雰囲気からして陰気だよね」

リリーはどうしてあいつと一緒にいたんだろう?と、ジェームズが嘆息して肩を竦ませる。
確か汽車でリリーと話したとき、二人は幼馴染だと言っていた。
それをジェームズに言おうとは思ったが、そうはならなかった。

「やったな、ジェームズ!」
「キミこそ!ちゃんとグリフィンドールに入れるって信じてたよ!」

突然の正面にいた小柄な男の子の隣に割り込んだシリウスは、ジェームズと腕を組み交わした。
まだ組み分けの最中だというのに、全く落ち着く様子はない。
上座のテーブル前で、マクゴナガルが大きく咳払いをした。
二人の近くにいることに、は酷く焦ってしまう。
自分が咎められることはないだろうが、落ち着いてはいられないのが彼女の性分だ。

「貴方たち、少し静かにしなさいよっ」
「あぁ、リリー!同じ寮に入れて最高に嬉しいよ!!」
「わたしは最高に不愉快よ!」

今度はリリーが深い赤髪を揺らし、の正面にやってきた。
小柄な少年は声を抑えているはずのリリーの叱責にびくびくし、隅っこでより小さく身を縮ませている。
その隣ではリーマスが彼を宥めているのが見えた。

、同じ寮に入れて本当に良かったわ!」
「うんっ・・・私も、嬉しい・・っ」

散々ジェームズを睨んだ後、リリーはにそう言ってにっこりと微笑んだ。
の隣では相変わらずジェームズがデレデレとしているが、リリーの眼中には彼の姿など皆無のようだった。






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2009/05/25