いつも思うの。あなたにとってのわたしは、ただの妹でしかないの?って。
親戚同士の幼馴染のわたしとあなたは、幼い頃からずっと家族同然で生きてきた。
整った顔立ちに人当たりの良さそうな態度、柔らかな物腰。ふと目につく青白い顔色は翳を持っていてもなお美しく、薄い唇には常に微笑が湛えられている。一目見ればわかるその容姿端麗な青年の姿。しかし、その微笑はいったい何を意味していることやら。彼の纏う妖艶な、けれどつい近づいてみたくなる危うさに、きっと多くの女性が惹かれ、夢中になっていることだろう。従妹のわたしでさえ、いつ見ても溜息を吐いてしまいそうになるのだから。
優しくて紳士的で、何よりもわたしを愛してくれる人。そんなあなたが自慢の兄でなくなったのは、もう随分前。あなたにもっと触れてほしい、女として見てほしい。そう願ってやまないのに・・。
「人の顔を食い入るように見つめて・・私の顔に何かついているのかな?」
さらりと流れるプラチナブロンドの長髪を耳にかけるその仕草さえ、私には一枚の絵のように思えた。マルフォイ邸の彼の自室で、わたしは問いかけられた言葉のとおり、彼の顔を食い入るように見つめていた。
どれだけ見ていたって厭きることはない。こんなにも愛しているのだから。
「従兄妹同士っていうだけなのに、こうも違うのは理不尽だって思ってたの」
「またそんなことを・・」
「そんなことじゃないもの。わたしにとっては重要なことよ」
つんとそっぽを向いて、わたしは少し後悔した。顔を向けた方向には立派な鏡台があり、そこに自分の姿が映って見えたからだ。
歳のわりには丸くて大きな子どもっぽい瞳。丸みを帯びた華奢な体躯に、低い身長。化粧の施しもない自分の姿は、向かいに座るルシウスと比べて見ても、とても恋人同士には思えない。外出したときもそうだ。店先の人に声をかけられても「可愛い妹さんですね」だとか「まるで恋人同士みたいね」とか、ろくでもないことばかり言われてしまう。
だからわたしは自分の幼い顔立ちが大嫌い。ルシウスが何度宥めたってそれは変わらない。今も困ったように苦笑を零しているけれど、きっとわたしの気持ちなんかわかってくれないんだわ。
今夜はマルフォイ邸で夜会が開かれる日だった。イギリス中の純血魔法族が集まり、婦人たちの他愛のない談笑から密やかな闇の取引まで、幅広い交流が行われる。わたしはこの屋敷の次期当主であるルシウスと夜会へ向かうべく、支度をするよう言われ、別室に篭った。
この夜会に出席することになってから、わたしはある決意をしていた。
今日こそは、誰もわたしをルシウスの妹だなんて思わせない、と。そしてルシウスにもわたしを子ども扱いさせないよう、振舞ってみせるのだ。
「##name_1##、そろそろ準備できたかな?」
「ええ、今行くわ」
ノックの後の確認の言葉に返事をすると、わたしはゆっくり扉を開いた。
「おや・・」
ルシウスは目を細めてわたしを見つめ、唇に笑みを刻んだ。わたしの姿は、きっとさっきとは比べ物にならないほど大人びて見えているだろう。
初めて身につける、リボンも花のコサージュも見当たらない真っ黒のドレス。デザインはシンプルだが手触りの良い素材が、肌によく馴染む。白い足には踵の高いヒール、大きく開いた首周りには小さな銀の十字架を控えめに下げ、他に装飾品はない。大嫌いな幼い顔には化粧を施し、普段よりも紅く婀娜めいた唇がお気に入りだ。
わたしは悠然とルシウスに微笑みかけ、「どうかしら?」と問いかけてみる。ルシウスは笑んだままその場で腰を折り、わたしに手を差し伸べた。その一言はわたしが今求めているものとは違う、いつもと何ら変わりのない彼の甘い言葉だった。
「では、参りましょうか。麗しき私の姫君」
・・・もっと違う言葉をかけてくれると思ったのに。
がっかりした気持ちを拭えず、わたしは俯いてルシウスの手をとった。
広いホールに集まった魔法族たちは皆好き好きに集まり、会話や料理、酒を楽しんでいた。主催はルシウスの父であるアブラクサス様であり、既に乾杯の音頭も終わっているようだった。わたしはお酒が好きではないから、ルシウスはいつも遅れてわたしをつれてくる。実は最近、これもわたしを子ども扱いしている所以ではないかと思い始めたところだ。
わたしの精一杯の艶姿を見ても態度を変えない素振りを見ると、きゅっと胸が締めつけられた。
それほどまでに、ルシウスはわたしのことを子どもだと思っているのだろうか?彼の中でのわたしは一人の女ではなくて、今の関係だって本当はただの妹の延長線だったのではないだろうか?
そんなの、いやだ。
唇を噛み締め、押し寄せる不安を必死に堪える。様子のおかしいわたしに気づいてか、ルシウスが何か言葉をかけようと口を開いたときだった。
「ごきげんよう、ミスター・マルフォイ」
「お会いするのはお久しぶりね」
数人で集まってやってきた魔法族の令嬢たちが、満面の笑みを浮かべてルシウスに声をかけた。その一瞬でルシウスの表情は人当たりの良い、フェミニストの面差しに変わる。
「ご機嫌麗しゅう、皆さん」
にっこりと笑んだルシウスを見つめ、令嬢たちの瞳がとろんとしたものとなる。わたしに向ける微笑みとはどこか違う。それを知っているから、いつもはこんなことで動じたりしないけれど・・・今夜はそうもいかないようだった。
ルシウスが彼女たちに笑みを向けた途端、心が激しくざわついた。水面を無粋に掻き乱されたような、憤りにも似た感覚を覚える。胸が痛い。肺が圧迫されたように苦しい。息が詰まりそうだ。
やめて、そんな人たちと話さないで。笑ったりしないで。あなたはわたしの恋人なのに。
ルシウスにだけ挨拶を交わす令嬢たちも、自分以外の女に優しくするルシウスも、今のわたしには何もかもが疎ましく感じた。わなわなと拳が震え、ようやくわたしは自分が腹を立てていることに気がついた。
「ねぇ、そろそろ音楽隊がやってくるんですって」
「まぁ素敵!ルシウス様、ぜひ私と踊って下さいね」
「あらずるいわ!私が先にお誘いしようと思っていたのに」
口々に言い募る彼女たちに、ルシウスは丁寧な物腰で応えている。「もちろん、私でよろしければお相手いたします」と。
もう見ていられない。黙ってルシウスに背を向け、わたしはつかつかとホールを横切った。後ろ背でルシウスがわたしの名を呼んでいたが、振り向いたりしなかった。・・もう涙が眦に溜まり始めていたからだ。
先ほどまでいた壁際とは反対側に位置するバルコニーに足を踏み入れ、すぐに扉を閉めた。眉根をきゅっと寄せて、伝いかけた涙をそっと拭う。だが、一度潤み出した瞳はなかなか熱を冷まさない。
・・・悔しい。せっかく大人びた姿になって、ルシウスに褒めてもらおうと思ったのに、あれでは何の変化もないではないか。それどころか、ルシウスを置き去りにして令嬢たちの好きなようにさせてしまった。なんて自分は浅はかなのだろう。不快だからといってその場を去ってしまった自分の子どもっぽさに、わたしはまた自己嫌悪した。
「ん?##name_1##じゃねぇか」
声のした方向はバルコニーの柵側、人気のない静かな場所だった。わたしは気づかずにいたが、そこには二人の少年が立っていた。
どこか違う顔立ちをしてはいるものの、とてもよく似た雰囲気、同じ黒髪に同じ灰色の目。ホグワーツの同級生であるシリウスと、その弟のレギュラスだ。
「こんばんは、##name_2##さん」
「どうしたんだよ、こんなトコで」
まさか人がいたとは知らず、わたしは急いで涙を拭った。その動作を訝ってか、シリウスとレギュラスは窺い見るようにして歩み寄ってきた。
「・・・お前、泣いてんのか?」
少し赤くなったわたしの瞳を見て、シリウスが言った。わたしは首を振って小さく答える。
「泣いてない」
「嘘吐け。目、赤いぞ」
「泣いてない・・っ」
「涙声で否定されてもなー」
「シリウス」
非難するように兄を見たレギュラスは、シリウスを引っ張ってバルコニーから離れようとしていた。きっとわたしのことを気遣って、一人になれるよう図ってくれたのだろう。しかしそれを知ってか知らずか、シリウスはその腕を払い退け、わたしの傍を離れない。灰色の瞳でじっと見つめてくるものだから、よけいに目を逸らしたくて俯いてしまう。
「どうせマルフォイと喧嘩でもしたんだろ」
「・・してない」
「じゃあ何でそんな顔してんだよ?」
からかっている様子ではない。彼なりに心配してくれているようだ。しかし、わたしは誰かにこんなことを話すつもりはない。ルシウスに恋人として見てもらえなくて泣いていただなんて、言えるはずがない。
黙っているわたしを見つめ、レギュラスはさっきよりも力強くシリウスの腕を引っ張った。
「シリウス、いい加減にしろよ。・・##name_2##さん、すみません」
「何だよ、べつにいいだろ」
「部外者が口を挟むべきじゃないって言ってるんだ」
「お前はすぐそうやっていい子ぶりやがって」
「シリウスが子どもすぎるんだろ」
レギュラスの言ったその言葉に、ぴくりと肩が戦慄いた。自分が言われたわけでもないのに、悲しくなる。
二人があれこれと舌戦を始めたそのとき、ホールからバルコニーへと差していたシャンデリアの明かりに黒い影が侵食し、わたしの視界が少し暗くなった。思わず振り向いてみれば、そこには無表情で立っているルシウスの姿があった。
「・・っ」
「おやおや、ナマエと談笑でもしているのかと思えば、ただの兄弟喧嘩だったか」
「・・・・チッ」
「・・マルフォイさん、こんばんは」
驚いて声も出ないわたしの肩を抱き、ルシウスはいがみ合っていたブラック兄弟に皮肉を零す。この登場に一気に機嫌を損ねたらしいシリウスは激しく彼を睥睨し、鋭く舌打ちした。レギュラスはもういつもの調子を取り戻しているというのに。兄弟でもいろいろ違うものだ。
「ところで、先ほどブラック夫人にお会いした際、二人を探していたようだったが・・・いいのかな?」
「母上がですか?わかりました。ありがとうございます」
律義にお礼を言い、レギュラスは今度こそシリウスを引き摺り、バルコニーを出ていった。そのときシリウスは小さな声で「泣くくらいなら別れちまえ」とわたしに呟いていった。・・・よけいなお世話というものだ。
夜風が吹きつけ、結われていないわたしの髪がさらさらと宙を舞う。ルシウスはその一房を愛おしそうに指に絡ませ、口付ける。その優雅な仕種に、繊細な指先に、胸が高鳴った。
「私以外の男を容易に近づかせるとは・・・随分と悪い子に育ったものだ」
そっと後ろ背にわたしを抱き寄せた彼は、耳元でそう囁きながらわたしの首元を撫でていく。ひんやりとした指先が這う感触に、不思議と不快ではない、けれどぞくりとした悪寒がした。わたしは自分でも頬が紅潮したことに気づいたが、俯くようにして精一杯の見栄を張る。
「・・誰かさんが悪いのよ。わたしを放って、他の女の人たちのところで楽しそうにしているから」
自分では一生懸命大人びた拗ね方をしたつもりだった。だがその気持ちとは裏腹に、ルシウスはくつくつとした笑みを零し出す。わたしはどこか居心地が悪くなって、「な、何で笑うのよ・・っ」と怒ったふりをしてみせた。すると彼はひとしきり笑った後、今度は優しくわたしに微笑んだ。ダンスに誘ってきたあの令嬢たちに見せたものとは比べものにならないほど甘いその微笑に、さっきまで押し寄せていた不安の波が凪いでいくようだった。
「それは失礼。・・では、どうすれば私の愛しい姫君は機嫌を直して下さいますか?」
手を引かれ、ぐっと抱き寄せられる。真っ直ぐにわたしを見据えるルシウスとの距離はほとんど皆無で、唇と唇は至近距離にまで迫っていた。一つだけ瞬きを刻み、わたしはこう答えた。
「キスをして。わたしのまだ知らない、ルシウスがわたしにしていない、恋人のキスを」
了承の言葉の代わりとばかりに、ルシウスの唇がわたしのそれと重ねられた。
恋人のキスをして
私がどれほど辛抱して、彼女を壊れもののように扱ってきたのか。妹としてなど見られない、愛してやまない私の恋人は知らないのだろう。
口内を蹂躙し尽くした後の、熱に浮かされたような彼女の面差しがとても艶めいて見えて、これからが楽しみだというように彼は口元に笑みを浮かべた。
...end 2009/11/08