その日の夜明けは、特別朝日が眩しく感じた。
リーマスは薄く開いた瞼で日光を確認し、引きちぎられたカーテン越しに空を見た。
明るくなり始めた空の色を見て、今日がやってきんだと実感する。
昨日は、終わってしまったんだ。

のろのろと体を起こし、悲鳴を上げた体中の痛みに顔を歪めた。
肩や腕、腰や足などを見回して、軽く動かしてみたりする。幸い大きな傷は見つからなかった。
打撲の痕や引っ掻き傷は多少あるものの、酷いものじゃない。マダム・ポンフリーにもらった傷薬があれば、すぐに治ってしまうだろう。
リーマスは痛みを訴える体に鞭打ち、その場を立ち上がった。
扉の向こうに用意してある傷薬や包帯を使い、手馴れた仕種で簡単に治療を施し、制服とローブに腕を通す。
身支度を素早く整えたリーマスは、最後に鏡で自分の顔を見つめ、眉を顰めた。
何かぶつけて切ったのか、額に小さな切り傷があった。
こんな目立つところに傷があると、また心配をかけてしまう。
溜息を吐いたリーマスは絆創膏を取り出し、自分の額に無造作に貼り付け、足早に叫びの屋敷を出た。




夜の闇がだんだんと消え失せ、徐々に朝の光が世界を覆う中、リーマスは誰にも見つからないよう用心しながら、真っ直ぐグリフィンドール塔を目指した。
普段なら医務室でマダムにしっかりとした治療を受けるところだが、今日はそうもいかない。
急がなくては。
その思いだけが、体中の痛みを忘れさせた。
廊下を滑るように渡っていくつもの階段を上り、辺りへの警戒も怠ることなく、太った婦人の肖像画の前まで辿り着いた。
息を切らせていたリーマスは何度か深呼吸をしながら、寝惚け半分の婦人に合言葉を告げた。








君が眠るその前に、








グリフィンドールの談話室は静寂に包まれていた。
誰もいない緋色の空間は、いつも与えてくれるあたたかさを今は感じさせてくれなかった。こんな明け方では無理もない話だが、なんだか寂しさを煽るものがある。
リーマスはゆっくりと歩き出し、沈むようにソファに腰かけた。
胸を覆うこの孤独とやるせなさに耐えようと、目元を押さえた。
そう、昨日は終わってしまったんだ。
とっくに理解していたはずの当たり前の事実に、打ちのめされた気分だった。

昨日はの誕生日だった。
愛してやまない恋人の誕生日は不運にも、憎くて堪らない満月の日だったのだ。
皮肉すぎる話だ。
本当ならば、昨日は傍にいてあげたかった。せめて夜の誕生会くらい、傍に。
押さえた瞼の裏で、「誕生日は一緒に過ごせない」と告げたときのの顔が浮かんだ。
彼女は残念そうに目を伏せたけれど、嫌だとは言わなかった。
病に伏した母親の見舞いに行くと嘘を吐いたリーマスに、「お母さんの傍にいてあげて」と微笑んだ。
寂しさを隠し切れていない微笑みに、胸が痛んだ。罪悪感がリーマスを苛んだ。

どうして僕はに嘘を吐くのだろう。
どうして僕はの傍にいられなかったのだろう。
どうして僕は人狼なのだろう。

いくつもの「どうして」が浮かんでは消えてを繰り返し、激しい自己嫌悪が生まれる。
そもそもの間違いは、自分のような存在が彼女を愛したことだ。
彼女の心地良い優しさに甘えて、愛情欲しさに彼女を利用して、それなのに真っ赤な嘘だけを残して彼女を置き去りに、自分は誕生日すら祝ってあげられなかった。

最悪だ。
僕はを騙してる。
その事実に、目頭が熱くなった。
が与えてくれるたくさんのものに対して、自分はに何も返してあげられない。返すことが赦されない。
歯痒い立場に置かれた卑しい身分の自分を、酷く恨んだ。

リーマスはのろのろと視線を階段へと向けて、寝室で眠っているであろうに呟いた。
小さくか細く、消え入るような声で。

「・・・・・ごめん」

それは慈悲を求めない、むしろ糾弾を請うような声色だった。




それからどれくらい経った後だろう?
一分だったかもしれないし、十分だったかもしれないし、一時間だったかもしれない。
ギィィと、控えめに扉を開く音が聞こえた。
こんな朝早くに、いったい誰だろう?
もしかしたらジェームズたちかもしれない。昨夜は夜の同行を断って、の誕生会にいてもらったから。
深く考えなかったリーマスは、ただじっとそこで座っていた。
まさか、ゆっくりと階段を下りてきたのが自分の最愛の恋人だとは思わずに。

「リーマス・・?」
ッ?」

まだ寝惚け半分なのか、は目を擦りながらおぼつかない足取りでこちらへと向かってくる。
リーマスは咄嗟にそんな彼女に駆け寄り、すぐさまソファへと座らせてやった。
は依然眠たそうな表情をしているものの、それでもリーマスの帰還に喜んでいるらしく、へらりと微笑んだ。

「おかえり、リーマス」
「・・ただいま」

その屈託のない表情に微苦笑を零し、リーマスはそう返した。
寝起きのままの少し乱れている髪を梳いてやろうと手を伸ばし、すんでのところで手を止めてしまう。
自分の言うべきことを思い出したからだ。

、誕生日おめでとう」
「ありがとっ」

リーマスのおめでとうの言葉に素直に喜び、は頷いてお礼を言った。
本当ならば怒られたって文句も言えないようなことをした。それなのに彼女が変わらず笑うから、余計にリーマスの心には罪悪の感情が募った。
もっと他に言うべきことはあったはずなのに、言ってあげられることもあったのに、それでもリーマスはそれらがすべて醜い嘘や言いわけでしかないように思えた。
「いくら母の見舞いだからといって、誕生日を一緒に過ごしてあげられなくてごめんね」
「来年は必ず一緒に過ごそう」
「これからはずっと傍にいるから」
いくつもの優しいだけの言葉が浮かんだけれど、結局口にはできなかった。

嘘を吐いている自分に気づいたら、はどんな顔をするのだろう。
自分が人狼だと知れば、きっとこんなふうには微笑んでくれない。
今この時、この瞬間がどれほど大切なものなのかを実感し、言葉が胸に詰まった。
何も言わないことを訝ったのか、は不思議そうな目でリーマスを見上げた。

「どうかした・・・?」
「ううん、何でもないよ」
「そう・・?でも、なんか元気ないね」
「そんなことないよ」
「・・・・・その傷、どうしたの?」

の視線の先に手を這わせ、リーマスはどきりとした。
絆創膏が貼られているそこには、昨夜の痛々しい傷痕が残っている。
躊躇したものの、リーマスは取り繕わざるを得なかった。

「あの・・・また家のうさぎに引っ掻かれてしまったんだ」
「またっ?本当に凶暴なのね、リーマスのうさぎ」
「・・うん」
「それで元気がなかったの?」
「えっと・・・・そう、かな」
「・・違うんだ?」

ソファの上にあったリーマスの手を握り、は心配そうに細めた目を伏せた。
握られた手に彼女のあたたかさを感じ、縋って懺悔したい衝動に駆られる。
なら、本当の自分を知っても傍にいてくれるかもしれない。
受け入れて、そのままの自分を愛してくれるかもしれない。
期待と不安がない交ぜになり、リーマスの心を巡った。

「ね、リーマス」

ふいにが声をかけ、リーマスははっとした。
起きるのが早すぎたのだろう。それでもうとうととした表情で、彼女は言葉を紡いだ。

「無理に話そうと思わなくていいよ。私、待ってるから」
・・」
「リーマスのこと、大好きだから」

その言葉に、リーマスは堪らずを抱き締めた。
心地良さそうに肩口に頬を寄せ、も背に腕を回してくれた。
そこら中の傷口が痛んだが、むしろもっと痛めつけてほしいとすら思った。それほどに彼女を想っているんだと、心が悲鳴を上げている。

「・・ありがとう。でも今はまだ寝ていて・・・・まだ起きるには早いから」

子どもを寝かしつけるように耳元で囁き、素直に頷いたの頭を膝に乗せてやった。
額や髪を撫で、眠りについた彼女に悟られないよう、リーマスは熱い瞼を押さえた。








僕が迎えに行けたなら








僕は嘘を吐かずに、君は待たずに済んだのに。





...end 2009/09/26
(自作:童話ヒロインで5題より)