二人で外を出歩くのは久しぶりだった。
ホグワーツではなかなか散歩の機会もないし、休み中だって毎日会えるわけじゃない。だからこうして二人で肩を並べて街を歩けることが単純に嬉しかった。
ロンドンの街は活気に満ちていて、たくさんの人が僕たちとすれ違い、たくさんの人が僕たちと同じように道を踏み締めていた。は辺りいっぱいを見渡して、街に溢れかえるマグルたちを観察している。好奇心に満ち溢れた瞳はどこか楽しげで、もっともっと喜ばせてあげたくなるような魅力を放っていた。

「何か欲しいものでもあった?」
「ううん、見て回るのが楽しいの!」

出店を見てはこの問答を繰り返す僕たち。せっかくのデートなのだから、何か一つくらいプレゼントをしてあげたいと思ったのに、彼女はそれに首を振るばかり。
正直、こういうときの女性の心理はよくわからない。物欲しげにモノを見つめているくせに、見ているほうが楽しいと言うのだから。




二人で歩く道




僕たちは通りをまっすぐ進んでいって、それまでに何軒かの店を見て回った。花に小物、アクセサリー、パンや果物もあれば服の店だって並んでいた。しかし、女性が喜びそうなモノは数えきれないほどあったというのに、それでも彼女は一つも買い物をしなかった。商品を見つめては、どれもこれもに「可愛い」だの「おいしそう」だの、感想はいくつも並べ立てていたくせに。
そりゃあ、彼女が物欲に乏しいことくらいは知っていたつもりだ。でもだからといって、ことごとく申し出を断らなくてもいいではないかとも思う。正直言えば、少しくらい甘えてほしかった。
・・・そう、少しでいいんだ。たとえば、どこかでお茶がしたいだとか、連れていってほしい場所があるとか。それなのには「歩き疲れちゃったね。公園のベンチで休んでいい?」とかなんとか言って・・欲がないにもほどがあるだろう。
兄のシリウスがよく言っていた。「女ってのはわがままなイキモノだ。だから、たくさん言うことを聞いてやる器のでかさが必要になってくる」って。でも、その言葉はとは完璧に真逆じゃないか。いい加減なこと言いやがって。
自らの兄の助言にはもう期待しないと強く心に誓った僕は、に促されるまま公園へと足を運んだ。


緑の多い公園の風景は、実に穏やかだった。乳母車を押す母親の姿や、噴水の周りを駆け回る子どもたち、寄り添い歩く恋人たちからベンチに佇む老夫婦まで、様々な人々が思い思いの平和な時間を過ごしている。まだ昼を過ぎたばかりだから、寒さもほとんど感じない。ロンドンにしては天気の良い、恵まれた日と言えるだろう。
僕は前を歩くの後ろ姿を見つめながら、少し物思いに耽っていた。空いてしまった二人の距離に思わず溜息が漏れる。
どうしてはもっと僕に甘えてくれないのだろう?
咄嗟に生まれた疑問はそれだった。元々付き合い出して間もない僕たちだが、やはりどこかぎこちなさが残っているような気がする。買い物のこともそうだし、今だってそうだ。
僕とは、必要以上に触れ合うことをしない。
自然と目を向けた先には、先ほどから腕を組んで体を密着させているカップルがいた。いや、べつにあそこまで露骨になりたいわけじゃない。でも、少しくらいいいじゃないか・・・と思っている自分がいる。
そういえば、キスもまだ数えるほどしかしていない。そういう雰囲気にならなかったというのも原因の一つかもしれないが、とにかく僕たちの関係はどこか薄かった。
それって・・・・・・どうなんだろう?
いや、こういうのは二人のペースというものがあるのだから、べつに焦ったり欲求不満になっていたりするわけじゃない。ただ、のほうはどう思っているのだろうか、という考えに至っただけで。
僕は今の関係に不満なんて・・・ないとは言いきれないけれど、がこれで満足しているのなら良いか、とは思っている。しかし、決して考えたくはなかったがのほうは、もしかしたら僕に何か不満があるかもしれない。僕が気づいていないだけで、今のどこか奥ゆかしいこの関係に嫌気が差しているのかもしれない。彼女に限ってそんなことはないだろうと思う気持ちもあったが、今は胸の中を不安が駆け巡るのだ。


あれこれと思い悩む僕の隣で、はふぅと一息を吐き、視線を隣のベンチに腰かけている老夫婦に向けていた。その瞳はどこか微笑ましげで、あたたかいものだった。
ふと不思議に思った僕は、彼女に倣って老夫婦へと目をやった。




それは優しく、穏やかなやり取りだった。

「さて、行こうかね」
「はい」

先にベンチから腰を上げたおじいさんが、腰かけたままのおばあさんに手を差し伸べている。節くれ立ったその手に小さく青白い手を乗せて、おばあさんは微笑む。
おばあさんの見せたその表情に、僕は「あ」と心の中で呟いた。何故なら、僕はその嬉しそうな微笑をよく知っていたからだ。
よいしょっとおばあさんは立ち上がり、そのままおじいさんに手を預けながら公園の並木道を歩いていった。その歩調はゆったりとしていて、おじいさんがおばあさんに歩調を合わせていることがわかる。二人仲睦まじく寄り添い合って歩く後ろ姿が見えなくなるまで、は優しい瞳を逸らさなかった。


やがてようやくその姿が完全に見えなくなった頃、は再び息を吐いてこう言った。

「素敵だね」

それは心からほうっと湧き出てきた言葉のようだった。は膝の上で両手を組んで、口元を緩めている。

「わたしも、いつかあんなふうになりたい」
「え?」
「わたしの理想の老後、聞いてくれる?」

まだ十代だというのに、もう老後の話か。
そうは思ったものの、それが口を出ることはなくて。僕は素直に頷いた。

「おばあちゃんになったわたしの隣にはね、いつも大好きなおじいさんがいるの」

僕たちの腰かけるベンチを擦り、は微笑んだ。

「朝早くに二人で一緒に朝食を作って、お昼には公園を散歩してね、」
「・・うん」
「他愛もない話をして、二人で笑って、そして手を繋いで家に帰るの」
「手を繋いで?」
「そう。さっきのおじいちゃんとおばあちゃんみたいに」

もしわたしがおばあちゃんになって、足腰が悪くなったと仮定するじゃない?それでもわたしはちっとも困らないの。そりゃあ、少しは不便だと思うけれど、老後のわたしには、素敵な優しいおじいちゃんが傍にいてくれるから。
だから、ぜんぜん辛くなんかないの。とっても幸せなの。


優しく僕を見つめて、は語った。一言一言をしっかり噛み締めるように、ゆっくりと。
そして僕は気がつく。さっきのおばあさんが見せたあの微笑は、が僕に向けるものと似ていたんだ。とてもあたたかくて、優しくて。ちょうど今僕たちを照らしているお日様のように、慈しむような、そんな微笑だ。

「・・・・・・じゃあきっと、そのおじいさんも幸せだろうね」
「・・そうかも」
「そうだよ。だって、大好きなおばあさんと、ずっと手を繋いでいられるんだから」

僕たちみたいにね。
そう囁いて、僕はきゅっとの手を握った。そしたらまた、が微笑んでくれる。

「帰ろうか」
「うん!」


さっきまでうだうだ悩んでいた自分が嘘のようだった。の微笑みが、あたたかな言葉が、すべてを消し飛ばして僕を導いてくれた。考えてみれば、なんて現金な話だろう。
駆け回っていた不安の代わりに、今の僕の心は幸せに満ち溢れていて、とても穏やかな気分だった。

こうして二人で、ずっとずっと手を繋いで、あたたかな道を歩いていけたらいい。

そう思えるほどに。





...end 2009/02/22