夢を見ていたの。小さな頃の、わたしたちの夢。
あのときのわたしはまだ二人よりも背が高くて、力だって強かった。毎日のようにお互いの家に出入りして、一緒に遊んで、一緒にお風呂に入って、一緒に寝てた。よく遊んでいた野原だって覚えてる。泥んこになるまで三人で暴れて、三人揃って怒られた。でも、あそこで見る夕焼けが大好きで、何度怒られても遅くまで遊んでたっけ。
懐かしいけれど、今はもう遠い幼い日の記憶。
あのときのわたしは、そんな時間が永遠に続くものだと思っていた。




「・・・・・人の家に上がり込んどいて、よくもまぁ呑気に寝てられるなコイツは」
は結局、何しに来たの」
「前貸した本を返せって言われて、探してる間にここで寝てやがった」
「・・・らしいね」

あれ?わたし、いつの間に寝てたんだろう・・・?ついさっきまで、クリーチャーに淹れてもらった紅茶を飲んでいたはずなのに・・・っていうか、何でシリウスもレグルスもわたしを見下ろしてるわけ?いつまでも見つめてないでよ、恥ずかしい!
起きるタイミングを逃してしまったわたしは、目を瞑ったまま寝たふりをし続けた。

「まぁよく寝てるみたいだし、もう少し後で起こしてやるか」
「シリウスが起こすならそれでいいよ」
「へいへい・・・あ、それとさ、さっき懐かしいもん見つけたんだ」
「懐かしいもの?」

いそいそとシリウスが取り出したのは、一冊の分厚いアルバムだった。その赤い表紙に見覚えがあったわたしは、二人に気づかれないよう注意しながら、薄目を開けてなりゆきを見守った。

「アルバムだよ。見てみたら結構昔のが多くてさ、懐かしいのがいっぱいあったぜ!」
「ふーん・・・それで子どもみたいにはしゃいでたんだ」
「べ、べつにはしゃいでねぇよ!」
「さっきの名前叫びながら騒いでたくせに」
「あれはが喜ぶだろうと思って呼んでただけだ!」
「あっそ。べつにどうでもいいけど」

いかにも興味なさげの表情をしているものの、レグルスはシリウスからアルバムを奪い、ぱらぱらとページを捲り始めた。
見たいなら見たいと素直に言えばいいのに、レグルスは随分と意地っ張りになったものだ。わたしは呆れにも似た感覚で、昔のレグルスを思い出した。
昔はもっと感情を表に出す子で、こんなふうに憎まれ口を言うような子じゃなかった。家族思いなのは今も変わらないみたいだけど、もっとシリウスに対して尊敬の心を持っていたように思う。今じゃ幼い頃ほど笑わなくなってしまったし・・お姉さんとしては残念でならない。それはきっとシリウスも同じ気持ちだろう。

「へぇ・・・・・・こんな小さな頃のもあるんだ」
「懐かしいだろ?の赤ん坊の写真もあるんだぜ」

わたしの赤ん坊だった頃の写真を指差して、シリウスは笑っていた。
思えばシリウスは、根本的には昔とあまり変わっていない。自分勝手なとこも多いけど、いつも真っ直ぐだし、やっぱり頼りになる。でも子どもっぽいとこが多いから、レグルスがどんどん大人になってきてるのが気に入らないみたいだ。家族との溝も深まっているようで、そこはわたしも心配しているのだけれど。

「昔っから手足が短かったんだよなー」
「それ、本人が聞いたら怒るよ」

もう聞いてるし!怒ってるし!
寝たふりをしているわたしは怒りだすこともできず、こっそり拳を震わせていた。あとで必ず殴ってやる。三発は殴ってやる。

「ハハッ、これなんかおむつ一丁じゃん!」
「シリウスもね」
「っるっせーな。お前もほら、素っ裸のがあるぜ!」
「赤ん坊の写真くらいで興奮するなよ」

呆れたように嘆息するレグルスは、シリウスにかまわずどんどんページを捲っていく。そろそろ自分の小さな頃の写真も出てきたのだろう。時折写真に目を落としては懐かしそうに目を細めている。

「やっぱが写ってるヤツ多いな」
「幼馴染なんだから、当たり前だろ」
「お、これなんか懐かしいじゃん。の家に泊まりにいったときのだろ?」

一枚の写真を取り出してシリウスがそう言うと、レグルスの眉根が引き攣ったのが見えた。
その写真になら、わたしにも心当たりがある。たしか、五歳のときに二人がわたしの家に泊まりにやってきたんだ。そして夕食に出た野菜を見て、シリウスが食べたくないと散々駄々をこねた。

「お前、なんか嫌そうな顔で写ってんのな」
「それはシリウスが僕の皿にピーマンを入れたからだろ」
「は?何だよそれ」
「覚えてないのか?自分が食べたくないからって、ポイポイ僕の皿に入れてきたくせに」
「・・・・・・そーだっけ?」

まったく何も覚えていないらしいシリウスは気まずそうに頬を掻き、写真を元あった場所に差し込んだ。レグルスは嫌な思い出を掘り返されたせいか、忌々しげにシリウスを睨んでいる。
そう。当時シリウスはピーマンが大嫌いで、わざとレグルスの気を逸らしては、レグルスの皿にポイポイピーマンを入れていたのだ。写真はきっとその直後のもので、嫌いなものを排除し終わって笑顔のシリウスと、突然ピーマンだらけになった皿を見て嫌な顔をしているレグルスが写っているのだ。
わたしの家にもあるその写真を思い出し、わたしは声を出さずに笑った。

「じゃあえーっと・・・これ!俺たち二人して泣いてんじゃん!にイジメられたときのか?」

シリウスが次に取り出した写真は、傷だらけで泣いている二人と、その真ん中にむすっとした顔で立っているわたしの写真だった。
あの写真は、たしか・・・。

「・・・シリウス、ほんと何も覚えてないんだね」
「え、違うのかっ?」
「その写真・・僕とシリウスのどちらがをお嫁さんにするか、って喧嘩したときの写真だよ」
「はぁっ?!」

途端に赤くなったシリウスは、驚いた表情でレグルスに詰め寄り、「そんなわけねぇだろ!」と否認を繰り返している。
でもその写真には、わたしも覚えがあった。
たしかあのとき、シリウスが「をお嫁さんにする」なんて言い出して、それを聞いたレグルスが珍しくシリウスに反抗したんだ。「をお嫁さんにするのは僕だよ」と反論したレグルスに、シリウスは怒り出した。そのときのわたしは二人の言っている意味がわからなくて、ただ疑問符を浮かべながらそこに立っていた覚えがある。どうして二人は喧嘩してるんだろうって。
今思えば、自分はなんて子どもだったんだろうと苦笑が漏れる。純粋だったんだなぁ、わたし。

「どっちが勝ったんだよ、それ」
「・・・・・・覚えてないなら自力で思い出せよ」
「待て待て!思い出せないから聞いてんだって!」
「教える必要がないだろ」
「気になるから教えろっての!」

そういえば、結局どっちが勝ったんだっけ?わたしもその勝負の行方は忘れてしまっていた。
唯一勝敗を知っているらしいレグルスは、鬱陶しそうにシリウスを避け、アルバムをテーブルに置いた。

「・・・・・・・・フラれた」
「あ?何だってっ?」
「だから、僕もシリウスもフラれた」
「は・・・?」
を無視して喧嘩してたから、『二人とも大嫌い』って言われて、僕らは二人して大泣きしたんだよ」

シリウスは拍子抜けしたようにがくりと肩を落とし、寝たふりをしているわたしに向かって苦く笑った。思わず笑いかけていたわたしは、必死に寝顔を取り繕う。

「・・大嫌い、ねぇ・・・・」
「今ならそんなこと言わせないけどね」

感傷に浸るように呟いたシリウスは、突如レグルスが発した言葉に顔を上げさせられた。思わずわたしも驚き、瞑っていた目を開きかけてしまう。
レグルスは相変わらず感情の見えないポーカーフェイスのまま、シリウスを見据えていた。その瞳は真剣なときのシリウスによく似ていて、やっぱり兄弟なんだって実感させられる。

「今の僕は、昔の僕と違うから」

その言葉に、シリウスはどこか挑発的な笑みを浮かべた。
またそんな顔して、レグルスを怒らせなきゃいいけど。

「俺に反抗できるようになったから、昔とは違うってか?」
「何とでも言いなよ」
「すました態度とりやがって・・・それで変わったつもりでいるんじゃ世話ねぇな」
「少なくとも、シリウスよりは成長してるよ」
「何だよ、俺がガキだって言いたいのか?」
「そうやってムキになるところがガキなんだろ?」

なんだか良くない方向に会話がずれてきた。これは良くない。昔のような可愛い叩き合いならいざ知らず、今の二人の歳では殴る蹴るの暴行に杖まで出して魔法が飛んでくるだろう。
だんだんと確実に険悪になってきた二人を止めるべく、わたしは二人の間に割って入った。

「はいストーップ!!」

突然起き上がったわたしに、二人はうろたえるようにしてそっぽを向いた。虚を突かれたような顔をしている二人に、どこか既視感を覚えた。
・・・そういえば、こうして兄弟喧嘩を止めるのは久しぶりかもしれない。
ぺしぺしっと頭を軽く叩いてやり、わたしは二人を引き剥がした。

「っ、!いつの間に起きたんだよ!?」
「あんたたちがうるさいから起きちゃったんでしょ!っていうか、いい歳して兄弟喧嘩なんかしないの!」
「べつに喧嘩してたわけじゃない。シリウスが一人でムキになってただけだ」
「んだとっ!」
「あーっもうやめなさいってば!」

わたしを挟んで言い合いするんじゃない!
そう思ったわたしは今度こそ、二人の頭にチョップを喰らわせた。

「いで!!」
「っ!」

頭を擦りだす二人の前で、わたしは腕を組んで仁王立ちする。今じゃ二人を見上げなきゃならないのが悔しいが、文句を言ってる場合じゃない。

「シリウス!お兄ちゃんなんだから、いちいちムキにならない!」
「・・・・ケッ・・」
「レグルスも大人ぶってシリウスを挑発しないの!わかったっ?」
「・・・・・・・」

返事のないところが、よけいに可愛くない。
まったく・・・こうして見れば、二人とも大して変わらない。ただの子ども同然だ。ちょっとしたことにムキになって、どうでもいいことで喧嘩して。そうしてお互いを理解し合っていく。理解したからこそ、普通は仲良くなったりできるものだが、この二人は逆で、理解し合っているくせに反発する。でもきっと、それも一つの兄弟の形なんだろう。それならそれでいいじゃないか。
わたしは昔からずっと、そんな二人を見てきたんだ。そして、できればこれからも傍で見ていたい。・・なーんて考えてしまうのは、やっぱりわたしも大人になったからだろうか?


「よし!仲直りの印にわたしがゴハンを作ってあげる!」
「嫌だ」

仲良く口を揃えて兄弟がそう言うから、わたしはただ微笑んだ。まるで幼かったあの頃のように。




ノスタルジア




それは懐かしいあのときの記憶。




...end 2009/11/24